カプコンの教育支援10年史

カプコンの教育支援10年史 ~社会的課題の解決に向けた取り組みの遷移~

はじめに

1983年に発売された「ファミリーコンピュータ」を皮切りに、家庭用ゲーム機の爆発的な普及は、子供たちのライフスタイルを大きく変える結果となりました。
現在では非常に多くの世帯がゲーム機を所有しています。子供たちにとって「遊び」は、成長と発達のために欠かせない活動であることは間違いありません。
しかしながら、「一人遊び」の時間の増加や、「過度な集中(夢中)」は、決して良い影響ばかりをもたらすとはいえません。もし仮に、家庭用ゲームが「一人遊び」もしくは「過度な集中」を助長し、健全な成長と発達、コミュニケーション能力育成に悪影響を与えているとしたら、ゲームソフトウェアを開発、提供するわれわれにとって、決して本意ではありません。

また、昨今では、小学校、中学校、高等学校を問わず教育機関において、就労観、職業意識を育むための「キャリア教育」が盛んに行われています。
当社も一人の「企業市民」として、ゲーム産業に関わっている者としての責任を果たすべく、多くの学校や自治体からの依頼を受け、「企業訪問」や「出前授業」などの教育プログラムを積極的に提供しています。
この活動の中では、「ゲーム会社の仕事」についての紹介や、その「仕事の多様さ、面白さ、難しさ、大切さ」を伝える「キャリア教育」に加え、「ゲームとの上手な付き合い方」を提案する「ゲームリテラシー教育」を実施しています。
授業を通じて、子供たちにテレビゲームのことをよく理解してもらうことで、より健全な付き合い方ができる知識と能力を身に付けていただきたいと考えています。

教育支援活動のきっかけ

企業訪問 出前授業
2004年度 1
2005年度 11
2006年度 33
2007年度 38 2
2008年度 24 1
2009年度 17 1
2010年度 25 4
2011年度 28 7
2012年度 33 9
2013年度 39 24
2014年度 26 25
カプコンの教育支援活動の実施回数

ゲームは比較的新しい文化であり、学術的研究の歴史も浅いため、一般に教育的側面よりも暴力表現などによる悪影響論が根強く伝えられています。

加えて、青少年の健全育成という観点から、ゲームソフトに対する地方自治体の関心は高く、いくつかのゲームソフトが地方自治体において有害図書類に指定されています。

特に当社はアクション性が高く、刺激的な表現を含むゲームソフトを扱っていたこともあり、こうした青少年の健全育成に関する社会からの不安を取り除くべく、積極的に取り組んでいくことが必要であると考えています。

その一方で、ゲームクリエーターという職種は「将来なりたい職業」として子供たちに高い人気を誇っており、また近年では携帯型ゲーム機やタブレット端末を授業に取り入れる学校も見られるようになっています。

そこで当社はゲームメーカーの社会的責任(CSR)として、ゲームに対する理解を促進するため、2004年、小中学生を対象とした教育支援活動を行うことを決定しました。

企業訪問の開始

そして2005年1月より修学旅行や総合的な学習の時間を利用した会社見学を希望する小中学校の受け入れを行う「企業訪問への対応」を大阪本社にて開始しました。当時のプログラムは「ゲームソフトができるまで」と題し、1つのゲームソフトができるまでには「プランナー」、「デザイナー」、「サウンドクリエーター」、「プログラマー」といった複数の職種が協力しているため、コミュニケーション力が重要であることや各分野に精通した数学や理科などの知識が必要であることを伝える、キャリア教育支援プログラムとして展開しました。

当時のプログラムの一部①
当時のプログラムの一部②
当時のプログラムの一部

参加した生徒からは「ゲームが好きなだけではクリエーターにはなれないことが分かった」や「今日の経験を生かして、クリエーターになって活躍したい」といった感想が寄せられました。
また先生からも「子供たちが夢を持ちにくいといわれる今、職業を通して地に足の着いた夢を考える良い機会になった」とのご意見をいただいたことから、次年度以降も継続して実施していく必要性を感じ、続く2005年度には大阪本社に加え東京支店での活動も開始し、計11回の訪問に対応しています。

出前授業の開始

企業訪問での実績を積み重ね、2007年6月からは学校を訪問し出張授業を行ういわゆる「出前授業」を開始しました。しかしいざ実施してみると、班単位の少人数に対応する「企業訪問」に対し、クラスや学年単位の人数に対応する「出前授業」では、講師に対する生徒の数が多いため、生徒の集中力を持続させることが難しいと分かってきました。

そこで2009年には、これまでの活動のフィードバックを受け、教育コンサルタントと協力した新たなプログラムの導入を決定しました。
今日も使用しているこの授業プログラムは、従来の「キャリア教育」に加え、立ち上げ当初からの目標であった「ゲームリテラシー教育」の内容を盛り込んだ90分のプログラムとして制作し、「キャリア教育」パートでは実際にはなかなか入ることができない開発現場の映像を追加、「リテラシー教育」では”なぜゲームに熱中してしまうのか”、”長く遊び過ぎないためにはどうしたらよいのか”、”ゲームで遊ぶときに気を付けること”について有識者からの映像とともに紹介するなど、講師が話すだけでなく、参加者の興味を引き付けるための映像を活用したものにしました。

キャリア教育プログラムの映像①
キャリア教育プログラムの映像②
キャリア教育プログラムの映像

なお、小中学校を対象に始めた出前授業ですが、それ以外の団体から依頼をいただくこともあります。
2010年3月9日には、カプコンの「オリジナリティー溢れるゲームコンテンツを創造し世界に向けて発信している力強さ」が「世界の浪速。社会で力強く生きてゆく力を養い、有為な人材を輩出する。」という目標と合致したとのことから大阪の浪速少年院より依頼をいただき出前授業を実施したほか、2014年1月には福島の被災地を支援するNPO団体より、「子供たちの日頃のストレスを軽減し、学びを得られる復興支援プロジェクトの一環としたい」との要望から、福島の仮設住宅にてゲームリテラシーに関する出前授業を実施しています。

浪速少年院での出前授業の様子
浪速少年院での出前授業の様子
福島での出前授業の様子
福島での出前授業の様子

『テレビゲームのひみつ』作成

さらに当社では、企業訪問や出前授業の好評を受け、出前授業を実施できない、カプコンを訪問できない団体をカバーするための資料として、株式会社学習研究社(当時)の協力の下、学習漫画『テレビゲームのひみつ』を2007年5月1日に発刊しました。この冊子は、子供たちから届く多くの質問への回答を一冊の本にまとめることも目的としており、全国約2万4,000の小学校と約2,700の公立図書館に寄贈しています。

本書は漫画という子供向けのフォーマットではあるものの、貸し出し可能な図書であることから、その背後の保護者も意識して制作されています。メインストーリーは「ゲームとの付き合い方やゲームソフトができるまで」といった子供向けの内容ですが、欄外やコラムなどで昨今のゲーム脳に関する議論や子供がゲームと適切に付き合うためのポイントを解説したり、ゲームは単なるおもちゃではなく日本が世界に誇る一大産業であり文化財産でもあることを紹介したりするなど、保護者方の理解を促進する内容を掲載しています。

『テレビゲームのひみつ』
『テレビゲームのひみつ』

実際の制作においては、カプコンに関する内容にとどまらず、ゲーム業界全体を紹介しようとした結果、関係各位への許諾申請が膨大になったり、過去のコンテンツについては権利関係の所在が分からなかったりということもあり、その調査に時間を費やすこともありました。しかし、各社から冊子発刊の趣旨をご理解いただき、ご快諾いただけたことには大変感謝しています。

発刊後は大変な反響があり、所定の数を配りきってしまったことから、カプコンのIRサイト上で実施していた資料請求受け付けも現在では終了しています。
教育現場でも好評なようで、一部の学校からは「貸し出し回数が多くボロボロになってしまったので、新たに1冊提供してほしい」と校長先生より直接お電話をいただいたこともありました。

新プログラムの作成

2009年のプログラム作成以降、教育現場よりさまざまなご意見をいただき、現在ではキャリア教育に特化した2つの新プログラムを新規に作成し、計3プログラムを用いての体制を敷いています。

1つは、新学習指導要領の実施に伴い2011年度から運用を開始したもので、2009年に作成したプログラムからリテラシー部分を省き、キャリア教育パートを拡充しています。

海外向けにゲームを翻訳、調整する「ローカライズ」やゲームソフトの営業を行う「販売」、会社のお金を管理する「財務」といった、いわゆるゲームクリエーター以外の職種の紹介を追加したほか、紹介された仕事の中から

(1)自分のしたい仕事、
(2)その選択理由、
(3)仕事をする上で必要な能力、

を自ら考え、発表する時間を設けるなど「キャリア教育」の内容を充実させています。

キャリア教育特化プログラム①
キャリア教育特化プログラム②
キャリア教育特化プログラム

もう1つは新規のプログラムとなる「カプコン お仕事×算数・数学授業」です。
2012年に経済協力開発機構(OECD)が公表した65カ国・地域の15歳約51万人を対象に実施した学習到達度調査(PISA)の結果によると、「様々な文脈の中で定式化し、数学を適用し、解釈する個人的能力」(国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査」)である「数学的リテラシー」は2000年に1位を獲得したものの、2006年には10位まで落ち込みました。
2012年には7位まで回復しましたが、別の項目(「読解力」、「科学的リテラシー」)と比べて順位が低い傾向にあるなど、子供の算数離れが懸念されていたことから、こうした問題を防ぐため、算数・数学を用いた新たなキャリア教育支援プログラムを開発し2013年4月より運用を開始しました。

「お仕事×算数・数学授業」スライド①
「お仕事×算数・数学授業」スライド②
「お仕事×算数・数学授業」スライド

同プログラムでは、従来の仕事紹介だけでなく、比例や方程式、組み合わせなどの算数・数学が仕事場でどのように使われているのかを学ぶことで、学校の授業内容が将来の仕事につながっていることが理解できます。

『お仕事 算数・数学図鑑』
『お仕事 算数・数学図鑑』

また、補助教材として「お仕事 算数・数学図鑑」を配布することで、開発担当者のインタビューなど、授業内では紹介しきれない部分をご家庭で改めて学ぶことができます。なお、この図鑑は間違えた回答を選ぶと先に進めない、いわゆるゲームブック形式になっているため、楽しみながら学習できます。

同プログラムに対し、生徒からは「これからは数学をもっと勉強しようと思った」、先生や保護者からは「学校で習っていることが社会に出ても必要ということに子供たちが気付くことができた」など、好意的な感想をいただいています。

最後に

2005年から開始したカプコンの教育支援活動は2015年で11年目を迎えました。関東・関西圏を中心に年間1校ペースで始めた出前授業も、現在では1年に全国の20団体以上から依頼をいただくなど、幸いなことに同活動の規模も大きくなりました。しかし、活動を続けていく中で教育現場から求められているものも今まで以上に見えてきました。今後は主に下記の課題の実現に向けて活動していく予定です。

(1) 「 ゲームリテラシー教育支援」単独のプログラムを作成
(2) 子供だけでなく、先生や保護者の方々とも意見交換できる機会の創出

また、現在のゲーム業界はスマートフォンやタブレットの普及やオンライン環境の充実など、活動を開始した10年前に比べ、取り巻く環境は大きく変化しています。

これは同時にゲームの魅力やゲームとの付き合い方も時代を経て変化していくことを意味しています。

これまでの活動に満足せず、これからもゲームの楽しさを通じ、働くことの大切さやゲームとの付き合い方を伝えるため、大学の教育学専門家のアドバイスや学校からのフィードバックを基に、より教育現場のニーズに応じたCSR活動を推進していきます。

出典:一般社団法人コンピューターエンターテインメント協会『2015 CESAゲーム白書』