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2013年のプレゼン会で、とあるスマートフォン向け新IP(※)の企画が発表された。

企画の発案者は若手クリエイターの白鳥。ゲームのコンセプトは、一対一のリアルなコミュニケーション。この企画こそが女性向け恋愛ゲーム「囚われのパルマ」の原案だ。

企画は好評を博し、2013年に女性企画チームが立ち上がった。チームには「鬼武者」「ロストプラネット」などビッグタイトルの開発やリーダー経験もある原をはじめ、女性を中心とした気鋭のクリエイターが名を連ねている。

そんな中、社内で新規タイトルの企画募集が始まった。最優秀企画賞に選ばれれば開発定例会議でプレゼンするチャンスが得られるのだという。チームの面々は、この募集に企画を応募することを決めた。

※ intellectual property(知的財産)の略。ゲーム業界では、各社で独自開発したゲームタイトルを指すことが多い。

これまでに類を見ない強烈な異彩を放つ白鳥の企画。

「囚われのパルマ」の原案となった企画は、独特の魅力と斬新さで溢れていた。

冒頭で絶海の孤島に連れて来られたプレイヤーは、ある事件を起こし孤島の収容所に囚われた記憶喪失の青年「ハルト」の記憶を取り戻すことを条件に島から出ることを約束される。プレイヤーは、ハルトの「相談員」として面会やメッセージのやり取りを通じて関係を深めていく。ハルトの様子は、ゲーム内携帯端末の監視カメラを通じていつでも知ることが可能だ。

孤島は隔絶された陰鬱な島、という印象とは程遠く、海と自然に囲まれた美しい場所で、そこには様々な人々が生活している。プレイヤーは自由に島を歩き回りながら、島の住人との会話を通じて、“話題”を手に入れることができる。「コーヒーと紅茶」「家族のこと」など話題の種類は多彩だ。その話題をメッセージでハルトに投げかけることで、話題に関するやり取りを行う。そんなリアリティのあるコミュニケーションを交わすことができる。

ハルトは独房で「顔を洗う」「寝る」など何かしらの行動を起こしていて、例えばハルトが本を読んでいるときにメッセージを送ると、「今、本を読んでる」というリアルタイムな返事が返ってくる。プレイヤーは島の雑貨店で買ったものを彼に差し入れることができ、例えばスタンドライトを差し入れれば机にスタンドライトが、コップを差し入れれば洗面台にコップが置かれるなど、差し入れた物に応じて彼の部屋が賑やかになっていく。ハルトは差し入れに対するお礼のメッセージを必ずくれるため、プレイヤーは次第に自分の起こした行動に対するハルトからのメッセージが待ち遠しくて仕方がなくなってくるだろう。

そして、何といってもこのゲームの一番の楽しみどころはハルトとの面会だ。スマートフォンのディスプレイを面会室のガラスに見立てており、ハルトに触れられそうで触れられない絶妙な距離感を演出している。ハルトが考え事をしているとき、面会室のガラスをコンコンと叩けば――スマートフォンの画面をタップすれば――ハルトがその音に気付いてプレイヤーに振り向くなど、プレイヤーの実際の行動でハルトは様々なリアクションを見せる。現実とゲーム世界の境界線を越えているかのような錯覚さえ覚えるほどだ。

物語が進むにつれて、少しずつプレイヤーに心を開いていくハルト。「主人公が登場人物を攻略する」というような一般的な恋愛ゲームの図式ではなく、ハルトがプレイヤーに寄り添い、プレイヤーがハルトに恋をする。

そんな「1人称のコミュニケーション・恋愛体験を追求して創り上げられたこの企画は、従来のゲームには見られない輝きを放っていた。

高い競争率をくぐり抜け、企画が最優秀企画賞に選ばれる。

企画を社内の新規タイトルの企画募集に応募した女性企画チームの面々。新規タイトルの企画募集は複数の部門に分かれており、合計で140もの応募があった。この中で最優秀企画賞に選ばれ、開発定例会議でプレゼンできる企画はたったの3つ。

その結果は――
「この企画が最優秀企画賞に選ばれたんだって」
2014年。白鳥たちは開発定例会議でプレゼンする権利をつかんだ。

そして迎えた開発定例会議の日。
プレゼン相手である上層部の誰もが企画の斬新さに興味を惹かれていた。
「今、この場では自分たちの企画のおもしろさを漏れなく伝えることができている。」確かな手ごたえがあった。

プレゼン後、応募した企画の制作検討・準備に入ることになる。しかし、社内には女性目線のコンテンツが秘めた可能性はこの時点であまり浸透しておらず、白鳥たちの企画の魅力も十分に認識されてはいなかった。

「女性向けコンテンツの可能性や企画の魅力を、これからしっかりと周囲に伝えていかないと」

企画の制作検討・準備に入ることはできたものの、正式に開発スタートにこぎつけるにはまだまだ時間がかかりそうだった。

次々と湧くインスピレーション。
企画は日を追うごとにクオリティを増す。

2013年にチームが立ち上がってから企画のブラッシュアップは絶え間なく続いていた。
「ゲームをもっとおもしろくしたい!」
揺るがない信念のもと、メンバー全員が知恵を絞り続けている。

このゲームで目指したいのは単なる「リアル」ではなく、「リアリティ」と「ファンタジー」の狭間――女性が「これが私の理想だ」と感じる領域だ。“本物っぽさ”や“嘘っぽさ”、どちらに偏りすぎてもゲームのキモであるコミュニケーションに没入できなくなる。

「表情の変化や体の動きも、モーションキャプチャーだけだとリアルすぎてしっくりこないね」
「生々しくて逆にときめかないというか、動きにもデフォルメが必要だね」

チームからは一様にそんな意見が出ていた。そこで、面会に関わるほぼすべてのモーションを手付けで行うことに。細かな表情の動きも追求した結果、3Dモデルのボーン数はハイエンド機に勝るとも劣らない数になった。

キャラクターの外見だけではなく、内面に関するブレストも活発だ。
「コミュニケーションを通じて、ハルトが私の好きなものや過去に言ったことを覚えていてくれるとうれしいよね」

「確かに。ふとしたときに『そういえば犬が好きだったよね』って、ハルトから返してくれたり」
「欲しい言葉も人によって違うから、その性格の違いもハルトには気づいて欲しい」

コンセプトをゲーム内にどう落とし込むか、その方法を考えるメンバーたち。
「プレイヤーがハルトに話した“好み”や“経験”を覚えていくっていう点は、フラグ管理の徹底で実現できそう」
「プレイヤーのやりとりから性格情報を集めて分析させよう。ハルトがプレイヤーのことを『こういう性格だ』って理解して寄り添ってくれる感じが出ると思う」

日を重ねるごとに企画は完成度を増していった。

実装が困難に思えることにも果敢に挑む。
そんな中、再度訪れたプレゼンのチャンス。

「ハルトとの面会のときのおでこタッチ、なんとか実装したいね」
ハルトの額と自分の額を合わせて熱を測るというシチュエーションをどのようにして実現するか。開発定例会議の頃から、チーム内で話し合いが続けられていた。このシチュエーションが発生したときにハルトの額を指でタップしても「指で熱は測れないよ」というセリフが返ってくることを想定している。

もちろん、額と指の違いをスマートフォン側で認識する機能はない。
「おもしろいけど実装は難しいかも」「でも何とかして実現したいな」

試行錯誤を繰り返したのち、端末の機能をうまく活用することで「額と額を合わせて熱を測る」というシチュエーションを実現することに成功した。

こうした斬新なアイデアが提案されるのも、自分の意見を自由に言える環境づくりを意識しているからだ。チーム立ち上げの2013年以降、メンバーの立場に関係なく様々なアイデアが提案され続けている。

例えば、寝ているハルトに自由に触れることができる「夢アプリ」や、様々なシチュエーションでハルトがプレイヤーに電話をしてくれる「テレフォンイベント」。ストーリー本編とは関係ない要素でも「こういうのがあったらいいな」という意見から、可能な限り充実させていった。

チームのだれもが微塵の妥協も許さない。それほどまでにこの企画を信じ、自分たちがカタチにしようとしているものに対して誇りを持っていた。

日々のブラッシュアップと並行して、女性向けコンテンツの可能性、企画のおもしろさや唯一性を周囲に発信することも怠らなかった。「単なる個人の意見ではなくて、女性ユーザーやターゲット層の視点に立って提案をしよう」。そう心がけて根気よくアピールを続けていた。

次第に周囲は「女性ユーザーは、男性とはゲームに対するおもしろさの認識や響き方が違うんだな」という前提に立った上で女性企画チームの提案や意見を聞いてくれるようになっていった。

既にチーム立ち上げの頃とは比べ物にならないほど、社内には女性向けコンテンツの可能性や企画の魅力が浸透しつつあった。

そして迎えた2015年の春、ついに「囚われのパルマ」の開発スタートが正式に決定した。

すべての始まりは2013年。白鳥も、原も、チームの面々も、これまでの人生の中で一番長く感じた2年間だったかもしれない。それでも諦めず努力を続けた結果、ようやく開発のスタートラインに立つことができた。

さらに、これまで女性向けのコンテンツの可能性、企画のおもしろさを周囲に根気強く発信し続けていたことで、企画に対する賛同者や協力者はかなりの数にのぼっていた。慢性的にプログラマー不足だったチームの状況を見て「魅力的な企画だから、自分の仕事を片付けてから手伝います」と、協力を申し出てくれるプログラマーもいた。

サウンドクリエイターに曲を発注すると「テストプレイですごくハマってしまって、どんどん曲のインスピレーションが湧いてきました」と、依頼した以上の曲数を仕上げてくれる。

「大逆転裁判」で高クオリティの3Dモデルを手掛けたモデラーも、ハルトの3Dモデルの調整に一役買ってくれた。それにより、ハルトはより一層「ガラスを隔てて、すぐそこにいる相手」「プレイヤーに寄り添ってくれる相手」としての存在感を増すことになった。

開発中の今、「囚われのパルマ」の成否を判断することはできない。フタを開ければどうなるか。配信開始を間近に控えて、チーム内には期待とも不安とも取れない不思議な空気が流れていた。

ついに完成した「囚われのパルマ」。
その斬新なゲーム性で大きな反響を呼ぶ。

2016年8月30日。
ついに「囚われのパルマ」の配信が開始された。

これまでの恋愛ゲームとは一線を画する「囚われのパルマ」は多くのユーザーに衝撃を与えた。App Storeの有料アプリランキングでは堂々の1位を獲得。多くのユーザーがハルトとのコミュニケーションに夢中になり、SNSはハルトの一挙手一投足を撮影したスクリーンショットで賑わった。

「これまであったことを考えたら奇跡のような出来事だけど、みんなが努力をしたからこそだね」。原の表情は明るい。
「この企画が実現できたのも、一人一人がベストを尽くしてくれたからです。まだ結果はこれからですが、皆さんには本当に感謝しています」。この日を迎えて、白鳥の心は達成感に満ちていた。

配信開始からおよそ半月後。
9月15日から18日に開催された東京ゲームショウ2016のカプコンブースで、「囚われのパルマ」は「バイオハザード」「モンスターハンター」などカプコンが誇る名だたるIPと共に展示された。さらにハルトに続く新キャラクター、アオイが公開され、エピソードの配信も決定。最終日の18日には「囚われのパルマ」スペシャルステージが行われ、大きな盛り上がりを見せていた。

始まりは、若手クリエイターが創り上げたひとつの企画。
それが今、カプコンの新規IPとして多くのユーザーのもとに届いている。
「このコンテンツを、これからも大切に育てていきたい」

原や白鳥、チームの面々は、そう思わずにいられなかった。