CAPCOM

prologue

2013年9月。「幅広い世代が楽しめるモンスターハンターをつくってくれないか」と辻本(※1)から依頼された大黒。「モンスターハンターが誕生してから10年を迎えようとしている。リアルタイムで遊んだ世代が親になるほどの時間だ。シリーズがこれからも認知され続けるには、幅広い世代に訴求でき、親と子で楽しむことのできる新しいモンスターハンターが必要なんだ」。

しかし、複雑な操作が要求される従来のモンスターハンターを踏襲したゲーム性では幅広い層、特に低年齢層への訴求は難しい。そこで辻本がかねてより構想していたのが「モンスターハンターの世界観を生かしたRPGをつくること」だった。ただ、大黒なりに「自分ならこういうゲームにしたい」という希望もある。大黒は辻本にこう切り出した。「自分がモンスターハンターをつくるなら、モンスターを仲間にするシステムを盛り込みたいです。でも、モンスターを狩るゲームで、そういう世界観にはできませんよね?」「いや、俺も藤岡(※2)も、そういう方向性でいきたいと思っているんだ」。

話の中で大黒は感じた。「もしかしたら辻本さんや藤岡さんと同じビジョンを持っているのかもしれない」。テキストエディタを開き、一心不乱に自分が思う「RPG版モンスターハンター」のアウトプットを始めた大黒。「モンスターの収集」「モンスターの収集をモンスターの成長に生かせるシステム」「モンスターと共存する“ライダー”の概念」。世界観やシステムなど、ゲームの重要ポイントに関わる要素が盛り込まれた企画書を短時間でまとめ上げた。

それを見せると開口一番、「そう、まさにこういうゲームを思い描いていたんだよ」。辻本と藤岡のこの言葉で大黒は決意した。「ぜひ、自分にやらせてください」。こうして、大黒をディレクターとして「モンスターハンターストーリーズ」の開発がスタートした。

※1 辻本 良三 モンスターハンターシリーズ プロデューサー
※2 藤岡 要 モンスターハンターシリーズ ディレクター

ゲームの完成イメージを共有し
順調に開発を進めるメンバーたち。

「プロジェクトを進める上で、必要なクリエイターは?」という辻本の問いかけに大黒は「川野です」と即答した。川野といえば、「ロストプラネット」シリーズ、そしてアニメ調な絵づくりが記憶に新しい「エクストルーパーズ」でアートディレクターを務めたデザイナーだ。川野を必要とする理由を尋ねた辻本に大黒はこう答えた。「川野はゲームのコンセプトやシステムを理解して、それをデザインに落とし込めるクリエイターだからです」。「モンスターハンターストーリーズ」においては、従来作のフォトリアリズムに寄ったデザインを、アニメ調にデフォルメする必要がある。そのため、このプロジェクトのアートディレクターは川野をおいて他にないと大黒は判断したのだ。

こうしてプロジェクトは大黒と川野の二人を中心として本格的に動き始めていくことになった。開発を進めるに当たって川野がまず絵に起こしたのは「主人公がモンスターに乗っているシーン」だ。モンスターはシリーズでも馴染みの深いリオレウスだが、その背に人間が乗っているという点は、決定的に従来のモンスターハンターと異なる。それを可視化したイラストは「モンスターハンターストーリーズ」が目指すビジョンをチームの内外に示す強烈なインパクトとなった。

「モンスターハンターストーリーズ」をどんなゲームにするか。大黒には明確にそれが見えている。モンスターと共存するライダーが存在する世界。戦闘の仕組み、フィールドの広さや雰囲気。拠点となる街を大きめにつくっているのも、辺境の村から大都市に来てその規模に戸惑う主人公の感覚をプレイヤーに追体験させるため。大黒がそうした細部にわたるまでのイメージを具体的に詰めていたこともあり、開発はスムーズに進んでいった。

チームを率いる立場として、
責任を持たせ、経験を積ませる環境を整備。

開発は順調に進んでいたものの、不安要素もあった。それは、多くのセクションリーダーに、リーダー未経験のクリエイターを起用したことだ。もしかしたら今後、想定内とはいえ、トラブルが起こる可能性もある。

しかし、すべてのプロジェクトをベテランばかりで進められることなどない。チームを先導する立場として、こういう機会にこそ経験を積んでもらうべきだと二人は考えていた。特に大黒には、クリエイターの成長に対して強いこだわりがある。「経験というものは、それを積む機会がなければ永遠に得られない。ゲームを開発する機会の一つひとつを通じて、少しでも成長のきっかけを得てほしい」。それが大黒の根底にある想いだ。

セクションリーダーの件だけではない。企画系のセクションメンバーに対しても、大黒は積極的に仕事を任せていた。特に、ゲーム制作において「おもしろい」と感じられる仕事を重点的に任せることで、責任を感じてもらい、その積み重ねが成長を促す。それが大黒の流儀なのだ。

高難度のリクエストを完璧にクリアした川野。
次第に明確になる、ゲームの完成形の輪郭。

「モンスターハンターストーリーズ」では、敵モンスターのデータは従来作のものを流用している。しかし、「オトモン」として仲間になったモンスターは、敵キャラとして出てきた場合よりも見た目がデフォルメされる。そのため、オトモンのカラーリングやデザインは「モンスターハンターストーリーズ」のトーンに合わせて再構成する必要があった。だが、色味や見た目を少し変えるだけでも、「モンスターハンターシリーズのモンスターに見えなくなった」ということが起きる懸念もある。

大黒が川野を必要としたのは、この懸念を見越してのことだった。川野は現場のスタッフの協力のもと、類まれなるセンスと経験を駆使して、従来作のリアルなモンスターを、「モンスターハンターストーリーズ」のトーンに絶妙に落とし込んでいった。「すごいな、オトモンのリオレウスの“赤”。従来作とは違う“赤”なのに、ちゃんとリオレウスの“赤”だってわかる」。川野の力量に感嘆する大黒。川野はモンスターを、従来作の味を損ねることなく、仲間として親近感が抱けるデザインへと見事に昇華してのけたのだ。

主人公の相棒となるナビルーのデザインに関しては、相当なブレストを重ねた。アイルーらしさを残しつつ、従来のアイルーとは違うもの。それをいかに表現するか。数案のデザインが出た中で開発チーム全員の目を引いたのが、決して「かわいい」とは言えない丸顔でクセのあるものだ。川野と藤岡は「絶対、このデザインしかない!」と絶賛したが、大黒と辻本はこれでいくべきかどうか迷っていた。

最終的には、川野と藤岡イチ推しのデザインで決定することに。「引っかかるということは、魅力があるということ」という直観に似た判断だったが、そう時間が経たないうちにそのデザインのナビルーに馴染み、冒険に欠かせない存在として愛着が持てるようになった。デザインの是非についていろんな意見が出たこと自体が、惹き付けられるデザインだという証だったのだ。

シンプルかつ奥深いシステムの実現。
そして、期待以上の成果を示すクリエイターたち。

「モンスターハンターストーリーズ」には、「モンスターを集めて、配合して、強くする」という骨子が開発の前段階からあった。そのアイデアを形にしたものが「絆遺伝子」と「伝承の儀」によるモンスターの強化だ。無限大にも思える組み合わせの絆遺伝子の配列を持つモンスター同士を、伝承の儀による配合で強化できるため、最強モンスターを突き詰めれば終わりがない。しかし、大黒は遺伝子配列とビンゴゲームの仕組みを掛け合わせることで直感的に理解できるシステムになることを見抜いた。ライトユーザーにとってはシンプルでわかりやすく、ゲームに慣れたユーザーにとっては遊びごたえがある。そんな絶妙なバランスに仕上げられた。

「でも、このシステムだと火を吐けるアオアシラもつくれてしまうな。それは、モンスターハンターの世界観を崩すことにならないだろうか?」。大黒にはそんな懸念もあった。この件に限らず、シナリオにしてもデザインにしても「従来のモンスターハンターをどれだけ崩していいのか?」については常に意識していた。しかし、藤岡からは「絆遺伝子と伝承の儀のシステム、まったく問題ないよ」という返答が得られた。このシステムが世界観を損なうことにはつながらず、むしろ遊びに深みを持たせると判断してのことだ。本作には通信対戦も用意されているが、この絆遺伝子と伝承の儀の存在が、通信対戦のおもしろさにも一層拍車をかける結果となった。

2016年に入ると、開発は佳境を迎えた。多くのセクションリーダーに、リーダー経験のないクリエイターを起用したが、フタを開けてみれば目覚ましい成長と成果を見せていた。スクリーンに踊るのは、絆技をはじめとするモンスターの個性を生かした派手で爽快感溢れるモーション。広大で豊かな自然を描いたフィールド。モンスターハンターらしさを残しつつ、冒険の臨場感の一役を担うサウンド。そして、ゲーム中のあらゆる場面を彩る秀逸なエフェクトの数々。それらを見れば、彼らが出した成果がいかに高いものかが容易にわかる。「新しいモンスターハンターをつくる」という大目標に至るプロセスで、かけがえのない経験を積んだクリエイターたち。「モンスターハンターストーリーズ」は着実に完成に近づいていた。

好評を博したモンスターハンターストーリーズ。
その普及に向けたアクションはこれからも続く。

2016年10月8日、ついに発売された「モンスターハンターストーリーズ」は、プレイしたユーザーから極めて高い評価を得ることになった。モンスターハンターシリーズをプレイしたことがない層はもちろん、そのつくり込まれた世界観に魅せられた従来のシリーズファン、シンプルながら奥の深いシステムを遊び込むゲームファン。手に取ったユーザーは各々の楽しみ方で「モンスターハンターストーリーズ」の世界を堪能していた。発売より約1週間先がけて、日曜朝より放映が開始されたアニメ「モンスターハンターストーリーズ RIDE ON」との相乗効果もあり「モンスターハンターストーリーズ」を幅広い年代に訴求することに成功したのだ。

しかし、開発が終わった安堵感に包まれながらも、まだまだすべきことは多いと川野は話す。「テレビアニメも続いていきますし、通信対戦による公式の大会も開催されます。『モンスターハンターストーリーズ』はスタートラインに立ったばかり。本作の魅力をもっと多くの人に広められるよう、努力を続けていかなければいけません」。

大黒も川野と同じ思いだ。大黒は開発を終えた今、少し複雑な思いも抱いている。「自分のキャリアの中で最高のタイトルを開発できたという自負があるのですが、正直、もっと多くのユーザーの手に届けられたらという歯がゆさもあります。より大勢の方に本作の良さを知ってもらえるよう、公式ファンクラブ『モンハン部』などを通じた発信で、タイトルの周知を粘り強く続けていきたいと考えています」。

「モンスターハンターストーリーズ」の開発は一端終わりを迎えた。しかし、「モンスターハンターストーリーズ」の魅力をより世の中に浸透させるための挑戦はこれからだ。