CAPCOM

prologue

バイオハザード6が発売されてから、次回作となるバイオハザード7のコンセプトを巡って、社内での議論は紛糾し続けていた。議論開始から1年以上が経ったが、誰も答えが出せずにいる。

そんな中で迎えた2014年の1月4日。カプコン会長の辻本は竹内に告げた。
「バイオハザード7をやってほしい」

2014年時点で、バイオハザードシリーズは生誕20周年を間近に控えていた。既に社内に初期のバイオハザードを手がけたスタッフは数少ないが、竹内はバイオハザードの誕生、そして成熟の過程に携わったひとり。シリーズへの思い入れは強い。

バイオハザード5以降、シリーズの開発からは離れていたが、竹内の心は辻本会長のこのひと言で決まった。
「こだわらずに、面白いものをつくったらええ」

こうして、バイオハザード7の開発プロジェクトが始動した。

コンセプトは『恐怖』『未知のゲームの創出』。

バイオハザード4以降、それまでのホラーから舵を切り、アクションシューティングとしての要素を色濃くしたバイオハザードシリーズ。エンターテインメントとして高い評価を得ていたものの、シリーズ生誕20周年を控えて「今の時代におけるバイオハザードのマスターピースとは何か」について向き合う必要があると竹内は感じていた。

そして、バイオハザード7のリスタート決定から1カ月。約100名ものクリエイターが開発メンバーとして集められた。バイオハザードシリーズに精通したベテランもいれば、まだ入社して間もない若手の姿もある。最初のミーティングでは、竹内からコンセプトについての説明があった。

「次のバイオハザードでは、原点であるサバイバルホラーに立ち返ろうと思う」

その言葉に、にわかに場がざわついた。「今、敢えて初期作のようなホラーに戻るんですか?」。若手からはそんな疑問の声が上がる。
「いや、シリーズ初期のホラー性をトレースするっていう意味じゃない」と、シリーズに詳しいベテランは言葉を返した。

「バイオハザードシリーズの原点は“怖い”ゲームだ。そこに立ち返った上で、今の時代だからこそ実現できるホラーゲームにしたい。誰も体験したことのない恐怖をユーザーに届けたい」

竹内はさらに続けた。「議論するよりも、まずはみんなでコンセプトムービーをつくろう。百聞は一見に如かず、そこから始めていこう」

「しかし、今の状態で開発を始めてもいいものでしょうか?」。そう懸念する若手に、ベテランクリエイターはこう諭した。
「コンセプトや意図が最初から100%意思疎通できているケースなんてそうそうないよ。完成に近づくことで少しずつ見えてくることもある。まずは、チームの共通認識になるコンセプトムービーをつくるところから開発を始めよう」

開発メンバーが挑戦しようとしているのは、シリーズの原点であるホラーに立ち返りながら、従来の模倣ではない「まったく新しいゲーム・これまでにない恐怖」の創出。コンセプトムービーは、その目標を的確に表現しており、そして更なる要素として、バイオハザード7をカプコン初のVR対応タイトルにすると決定した。

未知への挑戦に伴う甚大な労力。
開発環境を改善するカギとは。

2ヶ月が経ち、コンセプトムービーは完成した。具体的な方向性が、チームメンバーに深く浸透し始める。商品構成もPS VRとPS4の両対応とすることが決定したバイオハザード7。その開発はターン制で行われていくこととなった。

ターン制とは、全編の制作をいくつかのターンで区切り、ひとつのターンの開発が終わるごとにチェックを入れる開発手法のことだ。クオリティや内容が十分だと判断されれば次のターンの開発に移行、納得がいかなければつくり直す。短いスパンでそれを何度も繰り返していき、時にはひとつのターンの8割をつくり直すこともあった。

量ではなく、質にこだわるための手法だが、この規模の開発になると、つくり直しを重ねることで生じる負担は甚大だ。

「もう、この頻度のリテイクには付いていけません」
開発が半年を経過したあたりからそんな声も出始めた。
「でも、このやり方じゃないとめざすカタチに到達できない。つらいとは思うけど、何とか踏ん張ってほしい」
竹内も開発責任者として妥協することはできなかった。

これまでにない新しいゲームを開発する以上、参考にできる過去のノウハウはない。ワークフローやプロセスすら自分たちでつくる必要がある。0から1を生み出すためには、負担が大きくてもターン制による開発が最も効率がいいはずだと考えていた。

しかし、チームが疲弊しているのも事実。事態を好転させるカギは、技術開発部によるカプコンのゲーム開発に特化した自社製ゲームエンジンの開発だった。

「今の開発スタイルを貫くために必要な開発エンジンってどんなエンジンだろう」
「もちろん、クオリティの高いものを短時間で制作できるエンジンだろうね」
「言うのは簡単だけど、でも――なんて弱音、絶対に吐けませんね。不可能を可能にするのが技術開発部の仕事ですから」
「うん。このエンジンの開発は、まるで『reach for the moon』だ。無理と思えることほど、どうにかして実現しないとね」

エンジン開発チームではこのような会話が行われていた。
カプコンの秘蔵っ子が集まる部門、その中でもエンジン開発に特化したメンバーが集まり、今までのカプコンの歴史にはない、まったく新しいエンジンの開発が行われていた。このエンジンこそが、バイオハザードをリブートさせるための竹内の切り札だった。

彼らが合言葉にしているのは「reach for the moon」――「困難に挑む」「不可能を可能にする」という意味のことわざだった。

次世代の開発エンジン「REエンジン」が誕生。

バイオハザード7の開発スタッフに相当な無理を強いている現状。新しいエンジンが実現すれば、そんな状況を打開することにもつながる。技術開発部と検討を重ね、既存のエンジンにブラッシュアップを重ねていった。そして―

「これなら、新しい開発スタイルをサポートして、より良いものがつくれますよね」
自信を持って話す技術開発部の面々。
「まさか、これほどのエンジンをつくってもらえるとはね。きっと今の開発現場に劇的な変化が起きると思うよ」と竹内。

飽くなき追求の果てに完成したエンジンは、完全アセットベースで、フォトリアリズムの高い映像を実現できるものに仕上がった。次世代機のゲーム開発に必要な要件をすべて盛り込んだ上で、VRゲームの制作にも最適化されており、何よりもリテイクの多い開発スタイルを十分に考慮した仕様となっている。既存のエンジンの改良を行ってきたつもりが、既にこれまでのどのエンジンともまったく異なるものに仕上がっていた。

「re-newal」「re-birth」「re-born」といった意味が込められたそのエンジンは、誰が呼び始めるともなく自然発生的に「REエンジン」と名付けられた。ロゴデザインには「reach for the moon」を表現する“月に伸びる手”があしらわれている。

「このクオリティのものが、これだけのスピードで制作できるのか!」
「まさに月に手を届かせるような“不可能”すら“可能”にするエンジンになりましたね」
開発メンバーの面々はそんな感想を抱いた。

事実、「REエンジン」はバイオハザード7の開発に大きな変化をもたらした。スタッフたちは新エンジンを使ったワークフローを確立し、開発スピードとクオリティは飛躍的にアップ。それに伴い、バイオハザード7の完成形が目に見えるカタチになっていく。

「完成に近づくことで少しずつ見えてくることもある」
最初のミーティングで、そう若手を諭したベテランクリエイター。今、開発メンバーの誰もがその言葉の意味を理解していた。

「バイオハザード7のコンセプトや意図が、ようやく実感としてわかってきました」
スタッフからはそんな声が上がるようになった。「誰もへこたれることなく付いてきてくれた。開発者としてこれほど嬉しいことはないな」。竹内は心の中でそう呟いた。

VRテクニカルデモ「KITCHEN」。
その制作・出展から得た確かな手応え。

「うわ、怖い怖い怖い!」
「何度テストプレイしても、この怖さには慣れないな」
日常的に開発ルームに響く声。VRのバイオハザードがもたらす恐怖は、つくり手である自分たちにさえ新鮮な驚きを与え続けている。入社して日の浅い若手のクリエイターも、バイオハザードに長年携わってきた経験豊富なクリエイターも、これまでにないゲームをつくっているという実感を日ごとに強めていった。

「ここまでの成果を一度、何らかのカタチにしてユーザーの反応を見る機会が欲しいね」
そこで、2015年の「Electronic Entertainment Expo」(以下E3)と「東京ゲームショウ」でVRのテクニカルデモという形で、バイオハザード7のスピンアウト作品を出展することが決定した。

デモのタイトルは「KITCHEN」。出展当時は伏せられていたが、バイオハザード7の開発チームが手がけている。デモの内容は、バイオハザード7本編における、とあるシーンの“その後”を描いたものだ。
「今は公表できないけど、『KITCHEN』が実はバイオハザード7のスピンアウト作品だってこと、いつか伝えられたらいいね」
「じゃあ、誰にも気づかれないようにロゴに“7”の文字を潜ませてみるよ」
こうしたクリエイターらしい遊び心を交えられるのも、バイオハザード7に対する自信の表れのひとつだ。

E3でも東京ゲームショウでも、「KITCHEN」はVRのゲーム映像を外部の映像機器にモニタリングせず、メディアへゲーム画像の提供もしなかった。「この恐怖は、VRでこそ体験してほしい」。そんな想いの表れだった。

そして、「KITCHEN」を体験して叫び声を上げたり、コントローラーを投げ出したり、予想以上の反応を見せるユーザー。その様子を見てガッツポーズをつくるメンバー、「よし!」と声を漏らすメンバーなど、各々が確かな手応えを感じていた。2015年のE3後、各種メディアによる「KITCHEN」のレビューを見た多くのユーザーが「どれだけ怖いデモだったんだ?」と大きな関心を示すことになった。

「バイオハザード7のコンセプトは間違っていなかった」
「タイトルとゲーム画面を正式発表できる日が楽しみですね」
「きっと世間の度肝を抜くことになるぞ」
年齢・役職・立場を超えて、各クリエイターが自分の力を最大限に発揮し、つくり上げてきたバイオハザード7。「KITCHEN」の制作・出展を通じて、感じていた自信は揺るぎないものとなった。

2014年の開発開始から約2年半。
ついに全世界に公表されたバイオハザード7。

そして、2016年のE3の時期を迎えた。プレスカンファレンスで大々的に発表されたバイオハザード7。2016年6月現在の開発進行度は80%に達していた。

フォトリアリズムの域を突き抜けた圧倒的なグラフィック、サウンド、そしてVRによってもたらされる未知の恐怖体験とゲーム体験。全世界のユーザーがその映像美を目の当たりにして息をのみ、ゲームの新しい可能性に胸を躍らせた。

ゲーム開発において近年、日本は海外に後れを取っていると言われることが多い。だが、日本のゲーム開発の現場にはまだまだ活力が溢れている。バイオハザード7の発表は、日本のゲーム開発の可能性を改めて示すとともに、業界に一石を投じるものになった。

「このバイオハザード7が、これからのバイオハザードシリーズのマスターピースになれれば成功だ」
竹内をはじめ、開発スタッフ全員の技術と想いの結晶、そしてメッセージがバイオハザード7に込められている。

カプコンの様々な世代のクリエイターがつくり上げた「バイオハザード、かくあるべし」というひとつのカタチ。2017年1月、これまでにないまったく新しいゲーム体験を通じて、全世界のユーザーがそれを知ることになる。