INTERVIEW, TOPICS

2020年6月23日

深世海 Into the Depths
音のちょっとだけ深い話
其ノ弐 効果音 後編

“深世海 Into the Depths 音のちょっとだけ深い話”
其ノ弐 効果音 後編
 

2019年9月にApple Arcadeより配信され、2020年3月にNintendo Switchでも発売された新進気鋭のプロジェクト”深世海 Into the Depths “(以下:深世海) そのサウンド制作の裏側やちょっと深い話を現場のクリエイターを迎えてシリーズで紹介していきます。
その名も“深世海 Into the Depths 音のちょっとだけ深い話”
今回は効果音 後編です。前回と引き続きサウンドデザイナーの坂口恵里香(以下:坂口)、吉井亮(以下:吉井)、そしてサウンドプログラマーの水野大輔(以下:水野)とお送りいたします。



過去の音のちょっとだけ深い話
音のちょっとだけ深い話 其ノ壱 音制作全体編
音のちょっとだけ深い話 其ノ弐 効果音編 前編

(左:吉井 右上:水野 右中:坂口 右下:ウサミ)
ウサミ)
前編ではサウンドや音の制作の話が中心でしたが、ここからは少しだけ実装面の紹介をします。今作のゲーム開発には”Unity”というゲームエンジンが用いられました。サウンドのミドルウェアはTazman Audio社の”Fabric”を使用しています。またその上でサウンドプログラマーの水野君に各種ツールの制作などをしていただきました。ゲームでは必ずインタラクティブなサウンドの表現があります。深世海でも凝ったサウンド実装をしています。 例えば、ゲーム内のサウンドのミックス(音量バランス)をゲームの状況、進行、シナリオに応じて細かく変化させています。具体例でいうとプレイヤーが潜水艦に乗っている時は、生物や設置されている環境音、そのエリアで鳴っているほとんどの効果音の音量がいくばくか下がり、音楽をほんの少し大きくしています。こうすることで音楽が相対的にも若干前に出てきますので、潜水艦探索をより気持ち良いものにしています。またゲーム中にシナリオに関連する”意味深な音”が流れるときに、自動的に”その意味深な音以外”の音量をかすかに下げることで、”意味深な音”を若干耳につきやすくしています。ダッキングという方法です。潜海者が探索する海の深度も様々な影響を効果音や音楽に与えています。また本作のサウンドの最終出力はステレオ2チャンネルなので、音数が増えれば増えるほど音のミックスが特にごちゃっとする可能性があります。そこでゲーム内の音量のバランスや音数を状況に応じて自動的に制御することで、音の隙間を作り、それぞれの音が良い感じに聞こえるように工夫をしています。  水野)
機能面では沢山の機能を実装しましたが、音楽の切り替わり機能や自動演奏装置モードが特に個人的には好きな機能です。大海溝のとある場所で。美しく切り替わる音楽の仕組みの開発には、森本さんと何度も試行錯誤しました。音楽が切り替わる時には、その楽曲のつながりが自然なセクションを監視したり、細かい拍に合わせて切り替えるなど様々な工夫が施されています。自動演奏装置モードはゲームをクリアした方が遊べるおまけモードですので、まだの方は是非頑張ってクリアしてみてください。
ウサミ)
自動演奏装置モードでは、ゲーム内で音楽に対して処理しているンタラクティブな表現をユーザー自身で触って調整することができます。楽曲の要素を変化させたり、水中音楽と本作では未実装の非水中(オリジナル)版の音楽を聴き比べれることもできます。遊べるサウンドトラックだと私は思っています。 水野さんが用意してくれた機能やツールもとても沢山あるのですが、総じて助かる機能ばかりでした。少し込み入った話になりますが、例えば効率化ということでは、サウンドのアセットに存在するプロパティーにチェックマークや値を入力したり、また値を変更したい時には膨大なアセットやデータの量になると手作業ではとても大変です。開発の規模やアセットの単位にもよりますが、サウンドアセットは数百~数万と膨大なデータがあり、細かな管理が必要です…例えばそれぞれのアセットにポチっとワンボタンで自動的に適切な値を入力するだけでも、手作業だと数時間~数日かかるものがそれをツールやマクロによって数分の作業になったりっとかなりの時間を短縮できます。文では少し伝わりにくいかもしれませんが… このようにツールを用いて限りなく自動化と効率化することで、音の作り込みや考える時間をより多く確保できます。そして何より手入力による人的ミスをなくすこともできます(手入力の限界)、メリットしかないです 笑
坂口さんはUIの音にも強いこだわりを持って作っていましたね。なにかこぼれ話を教えてください。



坂口)
本作のUIの効果音制作にももちろん水中で収録した音を使っております。鉄板や鉄の棒を水中で叩いたり、水槽の底に落としたり、ゲーム中とりわけよく耳にする音はキレのよい音にしました。しかし、タイトルでだけ聞くことができる上下のカーソルの音は、”深世海”という世海にふさわしい「泡」をベースに制作しています。もちろん単純な泡ではなくて、カーソルの上下に合わせて沈んだり上がったりが音でもイメージできるようにデザインしております。(タイトル画面からもう潜ってるんだ!という思いも込めて!)


ウサミ)
これは思わず上下にカーソル移動してしまいますね 笑 音量や微調整をさせていただいたのですが、環境音と相まって非常に心地よく眠くなります。


坂口)
あれもこれもと紹介したくなってしまいますが、UIの音も色々な部材で水中収録する中で閃いたものが多くありました。鉄だけでなく、南国のお土産屋さんで売っていそうな貝殻の風鈴や釣り竿のリール、鈴の音など、沢山の音が本作のUIに盛り込まれております。水中ならではの落下のリズムやバウンドの速度が良い味となってくれました。
(※泡と鉄板の音素材例)
(※鉄に泡をぶつけた音素材例)
ウサミ)
UIの音を作るうえでイメージしたことはありますか?


坂口)
私の中でUIの効果音は、作品のイメージに馴染むこと、そしてユーザーさんの耳に馴染むような音作りを目指していたので、なかなか自分の中で合格ラインに辿り着きませんでしたが、合格が出ないからこそ何度もトライして、その分様々な収録の音にUIのサウンドとしての可能性があることにも気づくことができましたね。…またまた熱くなってしまいました!このように、UIの音1つでも沢山思いを込めて作らせて頂きました。 本作の超クールなUIデザインと合わせて、効果音にもほんのり耳を傾けて頂けると非常に嬉しいです!


ウサミ)
では効果音編の最後の話、環境音収録に移ろうと思います。
 坂口)
環境音といえば、長野の凍った湖の下の音を収録したことはかなり思い出に残っていますね。私の人生で今後わかさぎ釣りをすることはあっても、凍った湖にスピーカーやマイクを沈めることはこの先ないと思います 笑


吉井)
僕は残念ながら別件で行けなくて…羨ましい。楽しかった?
 ウサミ)
道中含めて楽しかったです。大阪府から長野県なので中々の長旅で就学旅行みたいな気分で遠征しました。深世海では海の表面が氷に覆われているという世界観で、「氷の下の音を収録しに行くしかない!」と、躍起になりました 笑 実際の収録方法は、凍った湖面に氷上ワカサギ釣りと同じ方法で穴をあけて、そこにハイドロフォンを沈めました。ハイドロフォンは二本使用し、それぞれの間隔を2から7メートルほど離すことで、ステレオ感を狙いました。深さも1メートルから8メートルと様々な深さで収録しました。結果として、間隔をあけたのと、深くした収録物が一番個性的な音となりました。その他に興味深かったのが、水中の深い位置にセットしたマイクで、数メートル上の湖上を歩いている音がかなり綺麗に収録されることです。極端なケースでは、マイクを沈めた箇所から40メートルぐらい離れて歩いているスタッフの足音もマイク越しに聞けたり。しかも普通に歩いている足音なのに、誰かが遠方で何かを叩いているような不思議な感じました。
(※湖中の音 早朝 音量調整済)
坂口)
事前に社内で凍った湖の音や割れる音、海の波が凍る音など調べていたのですが、現場ではやはりネットだけでは得られない経験の宝庫でしたね。正直最初は、凍った湖の中ってどんな音の響きなんやろ…くらいの期待だったのですが、収録日前日の夜に湖畔の宿に到着後すぐにその期待を超えてきました。前日の夜にせっかくなので何人かのスタッフと宿の周辺を散策していた時、「ピュイーン…」といった音が聞こえてきたんです。最初は動物の鳴き声かと思ったのですが、後にそれが湖から聞こえる音とわかってもうテンションマックスになりましたね 笑 早朝から収録をはじめて実際にマイクを湖に落としたら、氷のぶつかる音、軋む音が生々しく聞こえて、想像していた静寂とは全く違う音の世界が広がっていたんですよね。こういった情景ってやっぱり実際に行って、実際に収録しないと絶対知ることはなかったと思うので、やっぱり現地に行く面白さや重要性を感じましたね。…ただですね、本当に、本当に…!寒かったですね。凍った湖の上に何時間も音を立てないように立ち続けるわけですから、スノボーなどで感じる寒さの比ではなかったですね。収録中はもちろん無言ですが、最早寒すぎて言葉が出てこなかったですね 笑 マイクやスピーカー達も本当によく頑張ってくれました。彼らは時には凍りながら、電源を落としながら、蘇生を繰り返し最後までやりきってくれました!我々サウンドチームの戦友のような存在ですね。本当に感謝しております。


 ウサミ)
マイナス10度を下回っていましたからね…風が吹くと体感的にはもっと低かったと思います。水中の音に関しては、想像以上に見えないところで氷が割れたり、衝突し合ったりしていました。興味深いことに、昼になるにつれて外気温が上がることで、さらに氷が溶けていくのか、水中の音の音量や音の規模が早朝に比べると極端に大きくなりました。 そしてこの氷の音は地上でもある程度聞こえますが、全く違う音に聞こえます。周りが山に覆われている環境も相まって、その音が響き、本当に不思議な体験でした。 この湖中の氷の音は深世海でいうと、序盤など比較的浅いところでよく聞こえるような実装をしています。 ハイドロフォンによる収録音の無加工版を聴けるようにアップしていますが、すこしトタンの音のようにも聞こえます。 環境音はこの音をベースにサウンドデザインしています。
(※湖中の音 昼前 音量調整済)
坂口)
この氷の壊れる音や溶ける音は、湖上で聞いた時は、まるでシンセドラムな音でした。ピュンピュンドーン!
(※湖上環境音 音量調整済)
ウサミ)
終末の音ってこんな音なのかも?って最初はちょっと不気味でした。


吉井)
聞き方によってはSF映画で、遠方で戦っている音にも聞こえますね 笑 


坂口)
世界中の不気味な不思議な音も色々調べていたので、そんな音に実際に巡り合えて本当に感動しましたよね!
 ウサミ)
この氷の割れる音はすごく印象深かったので、深世海の楽曲生活にも活用してほしいという思いがあって、作曲家の青島さんに相談して提供したら、見事にメインテーマに生かしてくれました。 余談ですが、ゲームの後半や終盤、より深いところで流れる環境音は、カプコンのバスタブの中で収録した低音や不思議なノイズやアンビエンスを効果的に利用して作っています。 なんとも言えない低音やノイズで静寂さを演出しています。下のサンプルはこれとは関係のない、氷上の足音を水中マイクで収録したものです。なかなか気持ちの良い音です。
(※マイクから少し離れた足音 音量調整済)
吉井)
話が止まらない 笑 改めてみんなで集まって話すと、深世海大好きなんだなという印象。私も作っていて、どんどん深世海が大好きになりました。とにかく、仕上がってくる全てのデザインが自分の好みにドンピシャでした。資源探査機なんかは、デザインが好き過ぎて、ついつい音作りも贔屓してしまった感はあります。川田DとはLost Planet 2の時以来の一緒のお仕事でしたが、素晴らしいゲームが作れて楽しかったです。


ウサミ)
そうですね。チーム全体に良いヴァイブスと雰囲気が常にありました。(感覚麻痺?)チームワークの結果です。


坂口)
今回のサウンドチームで言えば、かなり斬新なことに挑戦した分、ゴールに辿り着くまでの道は非常に長かったです。しかもこのゴール、皆がイエスと言って、ぶつかることなくゲーム制作をしていたら辿り着かなかった場所だと思います。否定を恐れて流されず、自分の意見でしっかりとキャッチボールができるチーム、これが私の思う良いチームワークではないかと、本作の制作を通して感じました。


吉井)
チームとは縦軸であり横軸であり、そんな繋がりがベストだと思います。


坂口)
私は入社してから割とすぐにこのチームに加入したのですが、本当に自分の引き出しの少なさを痛感させられるほどに、メンバーのアイデアの多さやセンスが光っていました。そんな発想があったのか!!と何度思ったことか。これ私が考えて、これどうでしょう!!とか言ってみたかったなとか妄想したこともありました 笑 色んなアイデアを持ったメンバーとゲームを作ることができたこのゲーム制作での経験を、5年先、10年先、自分がクリエイターとして年を重ねた時にもっと花を開かせて活かしていきたいと思います。
 ウサミ)
サウンドプログラマーって少し職種が違ったりするけど、チーム制作ってどのように捉えていますか?


水野)
全員がどこを向いているかが、はっきりしていたので最後まで全力で走り切れたように思います。ウサミさんはやりたい事をいつも明確に示してくださるので、それを実現するためにはどうすればいいかを考えやすかったし、動きやすかったです。「こうしたいのなら、こんな機能を付け加えればより便利なのでは?」というプラスアルファも考えやすくなりますしね。そしてなによりもチームワークとは一人でできないことをみんなでできるようにすること思います。
 ウサミ)
少し脱線するけど、深世海のようにセリフがないゲームの場合、ゲーム性やアートワークが持つ視覚の力が特に大きく感じます。絵やグラフィックの領域でいうと、今作のアニメーションひとつみてもすごく個性的で、主人公の潜海者動きにも随所にかわいらしさや力強さ等の感情に溢れています。これらの動き一つでキャラクターの心情の大部分を表現できているのなら、過度のサウンドのアプローチは時によって蛇足にもなりえるというのは改めて感じました。


吉井)
たしかに、コンセプトアートに対して出来上がってくるアニメーションやエフェクトも、すごい統一感があり表情豊かで、絵の力は強かったですね。 我々が生きている現代から考えたら圧倒的に未来の文明だけど、質感的には退廃している。懐かしさを感じるようで、初めて見る…。そんな印象を最初に感じたので、 「Sci-fiかつHi-fiな音を作って、アウトプットをLo-fiに」みたいな概念を持って、深海文明に関するSEは作ってましたね。いまいち意味はよく分からんけど 笑


ウサミ)
笑 ラップみたいですね。すみません皆様…居酒屋トークみたいになってきました。そろそろ最後にしましょうか。最後に深世海を遊んでくれている方や本稿を読んでくださっている方にコメントをお願いいたします。


水野)
深世海に潜っていただき、ありがとうございます。色んな部分で「寄り道」してみてくださいね。


坂口)
まず最初に、「深世海」に潜って頂き心から感謝致します。謎の多い神秘的な「深世海」で、ユーザーさんそれぞれが色々な考察を行い、様々な解釈があったのではないでしょうか?これってもしかして…、これはそういうこと…?こんな風に色々な発見と想像をしながら楽しんでもらえていれば非常に嬉しいです。皆様の中で、一生の中でふと思い出してもらえるような、そんな記憶に残る作品になっていれば制作者冥利に尽きます。これからも「深世海」をよろしくお願い致します。


吉井)
この世海に潜ってくれてありがとうございます。このゲームに出会えたアナタは、本当に幸せなゲーマーだと、自信を持って言う事ができます!

 ウサミ)
本日は皆様お忙しいところ本当にありがとうございました。 そして相も変わらない長駄文を最後まで読んでくださった読者の皆様も本当にありがとうございました。次回はいよいよ音楽制作をフィーチャーいたします。ミュージックデザインや作曲のフローや音楽の実装について、森本さん、そしてなんと!!ベルリン在住の青島さんを交えて語りますので、どうぞご期待ください。


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