Prologue14(剛拳)

「うわ、冷てえっ」
大げさな声を上げて、少年が川につけた手を振った。
初夏の木漏れ日を受けて、飛び散った水滴がきらきらと光るのが見える。
「もう夏になるってのに、なんでこんなに冷たいんですか、ここの水。手が凍っちまう」
口を尖らせながら持ってきたバケツに水を汲む少年の髪も、
日の光を浴びて金色に輝いている。
剛拳は片方の眉を上げた。
「この山には洞窟が多くてな。
深いものになると、奥には夏でも溶けることのない氷がある。
そのようなところから沸き出ている水だからだろう。
――それより手が止まっておるぞ、ケン」

「…まさか水道もないとは思わなかったなあ」
先日弟子入りしたばかりのケンが、一応気を使っているのか小さい声でぼやくのに、
内心苦笑する。
「自分の使うものは自分で調達する。これも修行だ。文句ばかり言わずにとっとと汲め」
「修行…?水汲みがですか?」
怪訝な、というよりむしろ不審そうな表情に、剛拳は今度ははっきりと笑った。
「信じておらんな」
「あ、いや!信じてます!信じてますって!」
ケンが慌てて手を振る。
「よいか、ケン。この世にあるものは、すべて形を変えながら流転しておる。
例えるならばこの水のように、流れ、雲になり、また地に降り注ぐ。
今お前に教えている拳も同じだ」

「はあ…」
「肉体だけを鍛えても、自分の身体から生まれる力しか使うことはできぬ。
だが本当の力とはそのようなものではない。
大地、空気、数多の生物…、もちろんお前が今汲んでいる水も含め、
この世のすべてから生まれる力が、身体を通して現れるもの。
つまりこの拳を使う者は、自らを力の流れる川とするわけだ」

ケンはバケツを川に浸したまま、眉根を寄せて唸っていたが、
やがてがっくりと肩を落とした。
「…全然わかりません、師匠」
剛拳は俯いた少年の頭をぐいと撫でた。
「要するに、横着をせずに師匠の言うことを聞け、ということだ」
「えー」
ケンは不満げな声を上げながらも、渋々水汲みの作業に戻った。
「ケン!師匠!」
上の方から聞こえた声に、二人は同時に頭を上げた。
森の奥からこちらへやってくる白い胴着が見える。
「見ろ。あまり油を売っているから、リュウが来てしまったぞ」
「ほんとだ」
言って頭をかいたケンが伸び上がって手を振った。
「悪い、リュウ!すぐ行く!」
さきほどまでの気の進まない様子は消え失せ、
両手にバケツを下げてたちまち斜面を駆け上がっていく。
やがて合流した二人がバケツをひとつずつ分けて持っていくのを、
剛拳は微笑んで見送った。
――万物は流転し、変容する。
それは少し前まで暗殺者のものと恐れられていた、この拳も同じだ。
友人や自然と触れ合いながら成長するであろう弟子たちの姿は、
剛拳の修行時代とはまったく違う。
「拳もまた、人から人へと伝えられていくもの…。その中でどのように変わってゆくのか。
いつかこの目で見る日が楽しみじゃ」

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