――逆転裁判10周年おめでとうございます。

巧: ありがとうございます。でも、本当の10周年って、実は来年なんですよね?(笑)

――10周年へ向けてのアニバーサリーイヤーがスタートです!

巧: わかりました。それで行きましょう。

――では、まず最初に逆転裁判シリーズを振り返って、一番懐かしい思い出、楽しかった思い出、嬉しかった思い出を、それぞれお聞かせください。

巧: 懐かしいといえば…第1作の、最初の企画書を書いたときかな。2000年8月のことなので、これはもうリッパに10年前ですね。
当時、『ディノクライシス2』というゲームの制作が終わって、8月いっぱい、お休みをもらったんです。でも、そのとき「休み中に次の企画を考えてこい」って言われて…あれは完全に『夏休みの宿題』でしたね。
《弁護士ゲーム(仮)》というタイトルで企画書を書いたんですけど…懐かしいです。初めて自分の好きなゲームが作れるチャンスということで、燃えていました。
楽しかった思い出というと、やっぱりゲームを作っていた当時…それも、最終調整をしていた終盤ですね。
《逆転裁判》制作の最終段階は、ぼくが自分でゲームを何度も遊びながら、全体的な調整をしていくんです。キャラクターの表情や動き、セリフの“間”や、サウンド…ちまちま細かい設定をして、目の前でリアルタイムに完成度がメキメキ上がっていくのは、まさに感動的ですよ。 嬉しかった思い出は…《3》が完成したときかな。
毎回、いろいろ悩みながら作っているんですけど、《2》の最終話で、とっておきのテーマを使っちゃったので、《3》はどうやってまとめたらいいのか見当もつかなくて。でも、最終的には、自分でも想像がつかなかったような着地点が見つかって、キレイにまとまったときには嬉しかったですね。生きててよかった、と思いました。
…なんだか、作っているときの思い出ばっかりですが、当時は生活のすべてが《逆転裁判》でしたね。

――10年の中で、イベント等、お客さんと触れあう機会も多かったと思います。そこを経て巧さんが得たこと、変化したことなどがあれば、お聞かせください。

巧: 考えてみると…当時は、お客さんと触れあう機会って、あまりなかったような気がします。特に《1》の頃は、インターネットも普及しきっていなくて。
アンケートやお手紙が、みなさんと触れあう手段でしたね。 《1》はチーム一同、それこそ無我夢中で作っていたんですけど、発売後にお客さんからメッセージが届いたとき、「本当に遊んでくれているんだな」という実感があって、それはものすごいインパクトでした。
それに、みなさんの感想が、本当に千差万別なのが印象的でした。
「いろんな楽しみ方があるんだな」とか「いろんな感じ方があるんだな」とか…遊んでくれたみなさんに教えられた感じですね。みなさんからのメッセージは、当時も今も、いつでも我々チームにとって、大きなエネルギーだと思います。
新作の発売日は、いつもゲームショップに行って、物陰からコッソリ売れ行きを見たりしているんですけど、《3》あたりからかな。
「タクミさんですか?」なんて話しかけられたりして。当時の“触れあい”は…まあ、そんな感じでしたね。あれはちょっと、恥ずかしいですけど。

――《逆転裁判》を通じて、お客さん以外の出会いもあったと思います。なにか印象深い出会いや、影響を受けたことなどがあれば、お聞かせください。

巧: そうですね。《逆転裁判》シリーズは、さいわい、ゲーム業界のみなさんに好意的に受け入れてもらっているみたいで、おかげでゲームクリエイターの方々とお話しできる機会が増えましたね。ちょっとした“名刺”になっている感じです(笑)。
クリエイターのみなさんとお話しして感じるのは、会社や立場が違っても、似たようなことを考えているんだな、ということ。エンタテインメントとして、おもしろさへのこだわりや追求する姿勢、その中で抱えている問題はやっぱり同じなんだなぁ…と共感したり、再確認できたり、エネルギーをもらったりします。
自分とは全然違うやり方をしているな、という刺激を受けることもありますね。
いい仕事をするクリエイターは、みなさん前向きで含蓄のある言葉を語るので、お話を聞くのはとても楽しいし、勉強になります。

――宝塚歌劇での舞台化を振り返って、最初に話を聞いたときの印象や、舞台を見た時の感想など、振り返ってお聞かせ下さい。

巧: ぼくは当初、宝塚の舞台化には関与していなかったので、初めて聞いたときは、違和感のようなものはありましたね。でも、少し時間がたってみて、「実は、宝塚と《逆転裁判》は相性がいいかもしれない」と思った瞬間がありました。
宝塚って、女性が男性を演じているという時点で、ある種“完全な虚構”というか、絵空事の最たるものだと思うんですよね。だからこそ、その舞台に夢中になれるんだと思います。一方で《逆転裁判》も、徹底的にリアリティを排除した“大人のおとぎ話”というイメージで書いているので、実は方向性に共通する部分があるんですよね。
あまりにもフィールドが違う宝塚だからこそ、何かまったく新しい《逆転裁判》が生まれるかもしれない…と、そんな可能性を感じました。 宝塚版の第1作の制作には関わらなかったので、劇場で初めて観たのですが、開幕10分で感激しました。
いま思うと、これは本当に運命的なことなんですけど、作と演出を担当してくれた鈴木 圭先生は、すでに《逆転裁判》を遊んでいて、とても強い愛情を持ってくれている方だったんです。その愛情が、あの舞台にあふれていて…。
この出会いが、宝塚の舞台化で最高の幸運でしたね。このめぐり合わせには、今も感謝しています。 ちなみに、第2作では脚本制作の段階から少しだけお手伝いさせていただいたんですけど、これもとてもいい思い出ですね。

――オーケストラコンサートでは指揮も務められましたね。あの経験を振り返ってみて、いかがですか?

巧: 指揮は…本番でちょっと失敗しちゃいましたね(笑)。でも、オーケストラのナマの音を、至近距離で全身で浴びることができたのは…本当に、衝撃的な経験でした。音のカタマリがぶつかってくるような感覚に、心が震えました。本当に、めったにできない経験ですよね。 そして、もうひとつ。ステージに立って、あれだけたくさんの…きっと《逆転裁判》が好きなみなさんと、じかに向き合ったのは、あれが初めてだったと思うんですよね。お客さんたちと向き合って、あの場の“空気”を共有できたのは、とてもうれしかったです。オーケストラの演奏も素晴らしかったし、お客さんの笑顔がとても印象的でした。

――巧さんにとって、《逆転裁判》は子供ですか?同士ですか?友達ですか?どういう存在でしょうか?

巧: そうですね…普通の言い方になってしまうけど、“宝物”みたいなものかな。
自分の持っている、すべてのエネルギーを注ぎ込んでいるので、分身みたいな感じかもしれないですね…その時期、その時期の。 《逆転裁判》は、自分が作りたいものを初めて作って、自分なりに手ごたえがあったし、遊んでくれたみなさんの感想も、満足のいくものだった…これって、作り手にとって、これ以上ない幸せだと思うんですよね。
だから、《逆転裁判》はいつまでもぼくの中で特別な存在だし、人生のターニングポイントとも言えるかもしれません。 自分のすべてを注ぎこんだぶん、このシリーズから、すごく大きなものをもらっているように思います。
それはチームのメンバーとの出会いであったり、いろいろな人とのつながりとか、みなさんからの応援とか。注いだ愛情のぶん、本当にいろんなものをくれたなっていう実感があります。

――最後に、逆転裁判ファンに向けて一言お願いします。

巧: 《逆転裁判》が生まれて、もうすぐ10年ということで、遊んでくれたみなさんも、きっといろいろな人がいると思います。
遊んだ時期も、遊んだゲーム機も、年齢もバラバラで…。
ぼくは、ゲームを作るとき、10年、20年たっても楽しめるものにしたい、そして、ひとりでも多くの人に遊んでもらいたいと思っています。
そして、こうして実際に10年たってみて、今でも遊んでもらっているというのは、やっぱりなによりも嬉しいし、幸せなことですね。
みなさんの応援があるからこそ、今でもこうして《逆転裁判》のお話ができるのだと思います。 遊んでくれたみなさん、いつも本当にありがとうございます。
《逆転》プロジェクトも、いつのまにか大きくなって感慨深いものがありますが、まずは10周年に向かって、みんなのチカラで盛り上げていければ、と思います。
これからも、《逆転》をよろしくお願いいたします。