CAPCOM

prologue

2012年、カプコンの新規IP(※)としては久々のヒットとなる「ドラゴンズドグマ」がリリースされた。その高いアクション性と、オープンワールドならではの広大な世界の虜になったユーザーは数知れず、発売後、続編を望む声は高まった。

発売後のユーザーアンケートの中でも圧倒的多数を占めていた要望は2つ。
「このポーンとアクションの楽しさをもっと遊びたい」「ドラゴンズドグマの世界観とアクションで、オンラインマルチプレイがしたい」

「ドラゴンズドグマ」でCo.プロデューサーを務めた松川、および同作プランナーの木下は次のシリーズ展開を悩んでいた。自分たちの経験からだと、ポーンとアクションの楽しい継続タイトルの制作は可能だ。ただ、オンラインマルチプレイを作った経験者は社内にも少なく、オンラインの次の展開を作るということは困難な作業だった。だが、どちらも声の大きい意見として開発にチームに届いた。松川と木下は共に悩んでいた。ある夜、松川と木下は、ドラゴンドグマでプロデューサーを務めた小林と話をした。進む道を悩む二人に小林は言った。

「ユーザーが望む2つのドラゴンズドグマのタイトルを両方作ろう」

※ intellectual property(知的財産)の略。ゲーム業界では、各社で独自開発したゲームタイトルを指すことが多い。

同一チームで同一IPの続編を同時開発。
前代未聞の体制でプロジェクトに挑む。

「オフラインタイトルとしての続編、オンラインタイトル、両方を同時に開発すればいい。ユーザーの要望もどちらもやろう」
「ドラゴンズドグマ オンライン」のエグゼクティブプロデューサー小林は、平然とそう言ってのけた。続編の開発と未知のオンラインへの挑戦、ふたつのタイトル開発を並行して進める? 発想が突拍子もなさすぎて松川も木下もしばらく言葉が出なかったのだが――
「それしかないですね」
松川と木下の決断は早かった。
多くのユーザーがオンラインマルチプレイを望んでいるのに、それに応えなくて何がゲームクリエイターか。

こうして「ドラゴンズドグマ オンライン」および続編となる「ドラゴンズドグマ ダークアリズン」の開発プロジェクトが会社に承認されることになる。しかし前例のないスタートとなるだけに、木下は一波乱あることを予感していた。

一方その頃、「ドラゴンズドグマ」が発売された年に入社したプログラマーの今野は、モバイルタイトルの開発に携わっていた。「ドラゴンズドグマ」の大ファンでもある今野の希望は、同タイトルの続編開発に携わること。それが叶うのは、もう少し後のことになる。

何とかクリエイターを説得するも
五里霧中であることに変わりはなかった。

オンライン化のタイトルを作ろうということチームで議論する緊急会議の開催。
参加者は多い。その為、全員でフロアの床に座り、輪を作り話し込んだ。会議は数時間、続いた。木下は彼らの言葉を一身に受け止めていた。
「オンラインにするってことは、アクション性を捨てるってことですよね?」
「アクション性を捨てたドラゴンズドグマなんて誰からも望まれないですよ」
「そんなもの、自分たちはつくりたくはないです」

その言葉はもっともだ。アクション性をゆるくしてまでオンラインにする意味はない。もちろん、木下もそんな方向性で開発することは考えていない。
「ドラゴンズドグマのアクションを、マルチプレイで楽しめることも望んでいてくれる人も居る。――そのユーザーの想いを叶えるために、アクション性は捨てないでオンラインゲームを作ろう」

木下の必死の説得は続く。しかし、メンバーからの言葉は止まらない。
「そもそもチーム内にオンラインタイトルの開発経験者がいません」
「そこはオンラインタイトル開発運営のノウハウがある第二開発部も一緒に作ることになる。部署横断の大きなプロジェクトになると思う」
この言葉を聞いて、メンバーは木下と松川の“本気”を察した。
「わかりました、やりましょう」

この一歩が大きな一歩であることは間違いない。しかし、未だに先行きは不透明だった。

すべてが手探りでの開発だったが
逆境に負けず成長を続けるメンバーたち。

まず、最初にぶつかったのは“オンライン”ゲームを作るためのスタッフがいないということだった。
「サーバープログラマーがいない……」
その最大の問題がサーバープログラマーだった。社内には数人いたが、オンラインゲームの開発が経験豊富なメンバーは数少ない。当時プログラマーのリーダーを務めていた島守と松川は相談をすすめた。結果、カプコンのプログラマー全体から希望者を募ることとなる。
「オンラインゲームのサーバープログラマーを目指す人、募集」
社内から公募で希望者が集められた。集まってくれたメンバーは研修から始め、その後チームに配属されることとなった。

そして、開発は開始された。
「ドラゴンズドグマ」のオンライン化において最大の課題となる、オープンワールドと高いアクション性の両立。「MMOとMOの良さをうまく融合できれば……」。そんなビジョンはある。だからこそ、技術検証を重ねた。
その片鱗が画面として確認できるようになったのは、2013年4月、「ドラゴンズドグマ ダークアリズン」の発売日を迎えるころだった。

そんな最中、PS3向けに開発されていた「ドラゴンズドグマ オンライン」をPCとPS4も合わせてのマルチプラットフォーム化することが急遽決定。
「これは大変だ……」。松川も木下も頭をフル回転させた。

かねてからの強い希望が叶い「ドラゴンズドグマ オンライン」の開発チームに配属となっていた今野は言う。「現場のみんなは『マルチプラットフォーム化はユーザーにとって望まれることですよね』って頑張りますよ!」

オンラインゲームはPCやハイエンド機でプレイできるのが当たり前になりつつある昨今、ユーザー目線で考えれば必要な変更であると現場はすぐに理解してくれた。さらにカプコン独自のゲーム開発エンジン「MT Framework」には、マルチプラットフォームの開発に適した基礎設計がなされている。それもあり、現場は突然の変更にも即時に対応を始めてくれた。

「みんな頼もしい」と木下。
「うん。私たちもがんばらないとね」成長したメンバーを見ながら松川は目を細めた。

アルファテストを控えた最後の試練。
全員が力を振り絞り前に進んだ。

未だに解決していない諸々の問題、迫るタイムリミット――サービスインが近づくにつれて、木下はチームが疲弊していくのを感じていた。それでも、ディレクターとしてメンバーに無理を強いらなければならないこともある。胸が締め付けられる毎日だった。

「ドラゴンズドグマ の進捗は本当に大丈夫なのか?」
開発が滞り始めたチームに上層部が進捗に懸念を示し始めたのもこの頃だ。開発メンバーも運営メンバーも必死にアルファテストの準備をしてくれている。
松川は「大丈夫です。問題はありますがみんなで解決していきます」と答えた。

「クリエイターには、ゲームづくりのことで悩んでほしい。それ以外のことでクリエイターは悩まないでほしい」。アルファテストが近いからこそ、生みの苦しみを感じるこの時期。松川もプロデューサーとして自分ができることに全力を尽くしていた。

現場で懸命に開発に取り組む今野にとっても苦しい日々が続いていた。しかし、こういう状況だからこそ思い出すことがある。
「つらいときほど“好き”という熱意がクリエイターを支える」
これまで幾度となく上司や先輩から聞いてきた言葉だ。
「自分は、ドラゴンズドグマの大ファンだ。これくらいで音をあげてたまるか」
クリエイターとしての誇りと「ドラゴンズドグマ」に対する想いがプログラマー今野を突き動かしていた。

そんな皆が、全力で走り続ける中、ようやくオンライン化に向けた最大の課題を解決する糸口が見えた。オープンワールドを表現するMMOらしさ、「ドラゴンズドグマ」ならではのアクションが楽しめるMOとしての良さ。そのふたつを両立する技術的な目処が立ったのだ。あとはアルファテストに向けて細かい調整を図っていくのみだった。

――そして2015年春。サービスインに向けたアルファテストが開始された。ユーザーの反応がどうなるか、開発に関わった全員、気が気ではない。しかし蓋を開けてみれば「世界の広がりを感じてワクワクする」「オンラインでもドラゴンズドグマらしいアクションが楽しめた」など、プロジェクト開始当初からこだわり抜いてきた部分で高い評価が得られる結果に。厳しい指摘を受けた点もあった。
「そこはオンラインゲームだからこそ、サービイスンまでに直していこう!」

あらゆる苦難を克服して実現した
果てなきオンラインの世界。

――2015年8月。ついに「ドラゴンズドグマ オンライン」はサービスインの日を迎えた。

2012年にプロジェクトが承認されてからどれだけの出来事を乗り越えてきたかわからない。2タイトル同時開発、オンラインゲーム開発者がひとりもいなかったチーム。あらゆる困難を打ち払い、このかけがえのない日を迎えることができた。

もちろん、本当の勝負はこれからだ。
この規模のオンラインゲームでは異例ともいえるFree to Playの形式で、今後いかにして利益を確保していくか。サーバーの安定化に向けた各種の課題もある。
しかし、メンバーたちは何よりも「ドラゴンズドグマ」というタイトルに、これからもずっと関わり続けられることがうれしかった。

「世界をどんどんつくり続けていくこと、大変だけれどこんなにおもしろいことだったなんて」

開発に携わった誰もがそう思わずにいられない。大型バージョンアップを重ねるたびにその醍醐味は増していく一方だ。松川、木下、今野をはじめ、開発チーム全員がユーザーと同じくらい「ドラゴンズドグマ オンライン」の世界を享受し、楽しんでいる。

果てを感じさせない広大なオープンワールド。まるでそこに生命が息吹いているかのような緻密なフィールドを颯爽と駆け抜け、モンスターと対峙する覚者たち。松川と木下はその様子を見て「このタイトルを5年、10年続くオンラインゲームとして大切に育んでいこう」、そう決意を新たにするのだった。