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プレイヤーの推理を直感的に入力できる斬新なシステム、ミステリー作品として極めて完成度の高いストーリー、弁護士の成歩堂龍一をはじめとする個性豊かなキャラクター、名曲と呼ぶにふさわしいBGMの数々。それがカプコンを代表するIPのひとつ、『逆転裁判』だ。そして、その生みの親が巧舟である。子どもの頃から大のミステリー好きで「いつかミステリーを題材にしたゲームをつくりたい」という想いを胸にカプコンに入社。多くのファンとその心を掴んで離さない人気シリーズを生み出した。しかし、どんなキラーコンテンツも、最初はゼロからのスタートとなる。もちろん『逆転裁判』も例外ではなかった。

当初は開発中止の可能性すら示唆された逆転裁判。

1994年にプランナーとしてカプコンに入社した巧が、いくつかのタイトルの開発を経験した後の2000年のある日のこと。「会社から『半年の時間を自由に使って好きなゲームをつくっていい』と言われました。その頃、若手を育成するためのプロジェクトがいくつか並行して進んでいたので、その中のひとつを任されるという形ですね」。入社5年目以内の若手による7名だけのチームで始動したタイトル。それが初代『逆転裁判』である。多くのファンを獲得し、支持され続けることになったIPが世に誕生するきっかけをつくったのは、巧を中心とした少人数の若手だったのだ。

「最初は探偵ゲームとして企画を詰めていたのですが、AVG形式で選択肢を選ぶ従来のゲームシステムではインパクトのある作品にできると思わなかった。そのため、開発の初期段階から“嘘を指摘して暴くシステム”を盛り込むことは確定していました」。その着想を基にゲームの舞台、ストーリーの背景などを突き詰め、原案である探偵ゲームを、法廷が舞台の裁判ゲームに昇華させた。「シナリオやシステムをつくり込んでいくことは生半可ではありませんでした。なにしろ裁判ゲームなんてジャンル、それまで前例がありませんでしたからね」。

最初は、ひとつの事件の審理すべての中から証言の矛盾点を見つけ出しつつ、ゲームを進めていくことを想定していた。その結果、推理すべき対象範囲が膨大になり、ミステリーや推理ものに慣れたプレイヤーでもクリアは不可能と思われる難易度になってしまった。「試作版の段階で、これじゃあゲームとして成立しないぞと指摘されました。ひとつの事件の審理を細かくパート分けし、その時々のシーンですべきこと、できることを明確にするなど、いろいろと試行錯誤を重ねましたね。実はこの点が解決しなければ、開発が打ち切られる可能性もあったんですよ」。

プログラマーやデザイナー、サウンドクリエイターといった同じチームの面々もゲームづくりの困難さを感じていた。「今思い返すと、全員が前向きだったと思います。一人ひとりが若手ならではの感性や自分の得意分野を生かして『こうすればもっとおもしろくなる!』と自信を持ってつくり込んでいったんです」。カプコンの看板タイトルのひとつである『逆転裁判』は、あらゆる紆余曲折を経て誕生の機会を得たのだ。

評判が評判を呼び、
メジャータイトルの階段を駆け上がる。

2001年に発売された『逆転裁判』は開発部内で極めて高い評価を得ることになり、シリーズ化の話が持ち上がった。「その話を聞いたときは内心ホントかよ……という気持ちでしたね(笑)。1作目で『これ以上何も出てこない!』というほど自分の中にあるものを捻り出したので、続編をつくるネタなんて何も残っていなかったんですよ」。

しかし、そんな状態であっても、巧は新作の開発に向き合うたびに自分の中に無意識のうちに蓄積されていた知識や経験則、引き出しをさらに捻り出し、絞り出し、掘り起こし続けた。その結果、シリーズは一層クオリティを増しながら着実にリリースされていったのだ。

『逆転裁判1~3』の発売当時は、今ほどSNSが発達していなかった時代。そんな時代であってもゲーム好きやミステリー好きの間で「弁護士が主役で、法廷バトルを繰り広げるおもしろいゲームがあるらしい」と逆転裁判の魅力が口コミで広がり続けた。法廷シーンのテンポ感や、ミステリーとしての完成度の高さだけではない。人と人の絆にあふれ、クリア後に心に柔らかな温かさをもたらすストーリーは、ミステリーへの興味が乏しかった層を惹き付ける魅力にも満ちていたのだ。その後『逆転裁判 蘇る逆転』『逆転裁判4』の発売を経て、シリーズの人気は向上の一途を辿っていった。

DS版『逆転裁判2』のプロデュースを務めて以来、プロデューサーとして逆転シリーズに深く関わることになった江城は言う。「私はGBA版『逆転裁判2』がシリーズ初プレイでしたが、推理やミステリーを題材にしたゲームをプレイして、ここまで爽快感が得られることに驚きました。それまでアクションゲームに強みを持っていたカプコンに新たな一石を投じるIPだと実感しましたね」。

メディア展開と続編の発売を経て
その知名度は揺るぎないものに。

ひとりのクリエイターの企画が、会社を代表する人気コンテンツを生み出し、多くのファンを得て一大IPとなる。その典型的なケースが逆転シリーズだ。そして、人気IPはカプコンが掲げる「ワンコンテンツ・マルチユース」の事業戦略のもと、各メディアへの展開が積極的に図られる。これまでにもマンガや映画、アニメ、舞台、オーケストラコンサートに宝塚歌劇など、様々なメディアミックスが行われてきた。

そして、タイトルが大きくなればなるほど、その開発体制は大規模かつ複数になっていく。「私がプロデューサーとして初めていちから制作を担当した『逆転検事』シリーズのような新しい作品が生まれるのも必然だったと言えるでしょう」。そして、『逆転検事』シリーズの開発を経て6年ぶりのナンバリングタイトルとなる『逆転裁判5』のプロデューサーを務めることになったのは江城だった。巧は当時、他のタイトルの開発に注力していたこともあり『逆転裁判4』までとはスタッフを大きく刷新して開発がスタートした。

江城が逆転シリーズを手がける上で心がけているのは、タイトルごとに“売り”や“惹き”をつくることだ。「システムに関することで言えば、『逆転検事』であれば主人公である天才検事・御剣の個性を生かした『ロジックの組み立て』。『逆転裁判5』なら、ヒロインの希月心音が得意とする心理学および心の声を聴く力を駆使した『ココロスコープ』。明確なアピールポイントを盛り込むことで、それ自体がゲームの大きな魅力になり柱になります」。

引き続き江城がプロデュースを手がけた『逆転裁判6』では新システムとして「霊媒ビジョン」を採用した。「被害者が殺害される直前の状況が、被害者の視点で再現される『霊媒ビジョン』は、シリーズとも所縁の深い霊媒というテーマをうまく生かしたものになっていると思います。弁護側にとって圧倒的に不利な証拠を突き付けられて、シリーズを初めてプレイしたときに感じる『これ、絶対に有罪だろ……』という絶望を久々に味わった方も多かったのではないでしょうか(笑)」。

ナンバリングタイトルの継続と、
新しい逆転裁判の胎動。

新体制による『逆転裁判5』、『逆転裁判6』の開発を経て、チーム内のクリエイターは“ユーザーのツボ”を次第に理解しつつあった。「私はプロデューサーという立場上、クリエイターが仕上げてきたものにNGを出したりOKを出したりする事がありますが、その判断基準はシナリオ、デザイン、サウンドに関わらず『第一印象がユーザーに響くかどうか』なんです」。そして、各クリエイターが開発経験を重ねるにつれて「ユーザーの心に刺さるもの、刺さらないもの」の閾値(いきち)を感覚的に掴んでいるのを感じたのだという。「それを各セクションの担当者が掴んだということは、チームが成熟したということです」。

巧自身は『逆転裁判4』以降、ナンバリングタイトルの制作からは離れていたが、それは従来作とは趣向を新たにする逆転裁判が生まれる布石でもあった。「2013年に、ナンバリングタイトルとは別の逆転シリーズをつくらないかという話を持ち掛けられたんです」と巧は当時を振り返る。こうして立ち上がったタイトルが、巧がシナリオとディレクターを務めた『大逆転裁判 -成歩堂龍之介の冒險-』だ。主人公は成歩堂龍一の祖先、成歩堂龍ノ介。舞台は19世紀のロンドン、そしてシャーロック・ホームズの登場。逆転シリーズとしてのテイスト・雰囲気を確かに感じられるものにしながら、ナンバリングタイトルと明確に差別化できるよう内容をブラッシュアップしていった。

キャラクターの設定やつくり込みにも巧は徹底的にこだわった。例えば、世界中の誰もが名探偵と認識しているシャーロック・ホームズ。『大逆転裁判 -成歩堂龍之介の冒險-』では、彼は推理をすべて間違えるというキャラ付けがされている。「ホームズのロジックを修正して正しい結論に導く『共同推理』というシステム上、『本質を突いているけど的外れな推理をする』というキャラクターになっています。ホームズは本作で絶対に正しい推理をすることがないという宿命を背負ったキャラクターなんです(笑)。でも、決めるところではバッチリと決める、そんな格好良さも備えています。大勢の人が憧れる『名探偵シャーロック・ホームズ』としての本質もしっかり持っているんですよ」。

発売後、『大逆転裁判 -成歩堂龍之介の冒險-』はシリーズファンからの大きな反響を呼んだ。逆転裁判としての色が感じられる作品でありながら、ナンバリングタイトルとは異なる“遊び”やキャラクター、そしてストーリー。巧のねらい通り、従来作との差別化を図ることに成功し、続編を望む声も次々に上がった。東京ゲームショウ2016において『大逆転裁判2 -成歩堂龍之介の覺悟-』の制作が発表されると、ファンは大いに沸き立った。

時を越えて移りゆくもの。
幾重の時を経ても変わらないもの。

2016年10月で誕生から15周年を迎えた逆転裁判。子どもの頃に逆転シリーズのファンになったことがきっかけでカプコンを志すクリエイターも多い。「私がプロデュースを担当した『逆転検事』シリーズや『逆転裁判5』、『逆転裁判6』の制作スタッフの中にも、シリーズのファンだというクリエイターがいますよ」。そう江城は話す。逆転シリーズは上質なエンターテインメントだけではなく、多くの子どもに「ゲームクリエイターになりたい!」という夢も与えてきたのだ。

2017年1月22日には、舞浜アンフィシアターにおいて『逆転裁判15周年特別法廷』と題した単独イベントを大々的に開催。巧や江城をはじめとする歴代の開発スタッフ、逆転シリーズの参加声優や舞台版の俳優など豪華メンバーが一堂に会し、逆転シリーズ15年の歴史を振り返った。ディレクター・シナリオを巧舟が、プロデューサーを江城元秀が務める『大逆転裁判2 -成歩堂龍之介の覺悟-』も製作快調であることが発表され、会場は終始ファンの熱気に包まれていた。「こうしたユーザーの方との交流イベントで『親子2代で逆転裁判のファンです』というご家族にお会いすることが多くなりました」と話す江城。かつて子どもだった世代が、子を持つ親へと変わりゆく。この事実が、シリーズが培ってきた歴史と人気を物語る。

逆に、どれだけ月日を重ねても変わらないもの。巧は自身の流儀についてこう語る。「私は、ミステリーとは清々しい読後感が得られて然るべきもの、どんな世代が触れても共感できるものだと考えています。そして、私自身そういう作品が好きだし、つくりたいと思っている。私は、自分が読みたいシナリオを、自分の想いに従って書いているだけなんです」。

この先どれだけの時が流れても、巧がストーリーを紡ぐ上で大事にしてきた想い、そして『逆転裁判』の魅力の根源を形づくるDNAは、今のままで在り続ける。