PlayStation VR(以下PS VR)をはじめ、各社から主要なVR HMDがリリースされる2016年。カプコンはもちろん、国内のゲームメーカー数社が「PS VR」のタイトル開発を明言するなど、VRへの期待は飛躍的に高まっています。
カプコンでVR技術の研究・検証に携わる技術開発室の伊集院氏と岡田氏。「KYUSHU CEDEC 2015」でVR技術に関する講演も行った両氏にVRの可能性や今後の展望についてお聞きしました。

CS制作統括 プロダクション部 技術開発室
2013年入社

プログラマーとして入社後、次世代の自社開発エンジン「Panta Rhei」のGUI機能・メッセージ管理システムの実装に携わる。エンジン開発業務と並行して、VRコンテンツのプロトタイプ制作を通じたノウハウ構築や、社内におけるVR技術の情報共有・提案なども進めている。

CS制作統括 プロダクション部 技術開発室
1993年入社

「ロックマンDASH」シリーズ、「鬼武者2」でメインプログラマーを担当。その後、自社開発エンジン「MT Framework」のディレクター、新エンジン「Panta Rhei」のプロジェクトマネージャーに従事。現在は主に渉外担当として様々な企業との折衝・交渉を担う。

カプコンにおけるVRへの取り組み

Q カプコンでVRコンテンツの可能性が認知され始めた経緯についてお聞かせください。

伊集院 最初のきっかけということで言うと、岡田が会社に私物の「Oculus Rift DK2」を持ってきたことが始まりですね。

岡田 個人的な興味で購入した「Oculus Rift DK2」ですっかりVRゲームの虜になって。カプコンのクリエイターのみんなにもこの凄さをどうにかして伝えようとアクションを起こしたんです。確か僕が入社して2年目の夏だったと記憶しています。

伊集院 岡田のねらい通り、いろんなクリエイターが「Oculus Rift DK2を貸してほしい」と。気が付けば社内をたらいまわしになっていたよね。私物なのに(笑)。

岡田 はい、1週間くらい各部署を転々としていたみたいです(笑)。VRゲームを体験したみんなが可能性を感じたようで、社内でVRの基礎研究が始まるきっかけにもなりました。

Q 今後、カプコン独自のゲーム開発エンジンにもVRゲーム制作向けの機能を拡張していく予定でしょうか?

伊集院 カプコンで現在制作されている新開発エンジン(コードネーム「Panta Rhei」)に、VRゲーム制作の要件を満たす機能の搭載を進めています。機能が実装されれば、カプコンにおけるVRゲームの開発環境はより高度なものになるでしょう。

岡田 自社開発エンジンでゲーム制作を行うメリットは、タイトルを制作するごとに数々の開発ノウハウが蓄積され、それをスムーズに共有できるようになることです。VRゲームに限らず、クオリティの高い作品を世に送り出し続けるために「Panta Rhei」をより良いエンジンに仕上げていきたいですね。

「VR酔い」の軽減に向けた課題

Q VRゲームを開発する上での難しさについてお聞かせください。

伊集院 まず、これまでのゲーム開発のノウハウがほぼ通用しない点です。VR酔いへの対策がその最たるものですね。既存のゲームで当たり前にできていたことが大幅に制限されますから。

岡田 VRゲーム内でスピード感を演出するために、あまりにも激しいカメラワークを採用すると、酔いを誘発する原因になるんです。基本的に「VR ゲーム世界での体験」と、「現実世界における自分の状態」の差異が大きければ大きいほど「違和感」が生じ、それが酔いを誘発しやすくすると言われています。もちろん、すべてのケースに当てはまるわけではなく、例えば「ゲーム内でのジャンプ行動による上昇時は爽快感が酔いに勝る」という検証結果もあります。

伊集院 フレームレートもVR酔いと密接に結びついています。VRゲームにおいては、フレームレートは動きの滑らかさや描画数に影響を与えるだけのものではありません。高いフレームレートが維持できないと、コマ送りの世界に放り込まれたような「違和感」が生じて確実にVR酔いを誘発します。そのため「Oculus Rift」をはじめとするPC系VRなら90fps、「PS VR」なら60fps(※)を維持しなければならないという制作基準があります。

岡田 カプコンには「VRワーキンググループ」が立ち上げられていますが、VR酔い軽減に関するテーマ頻繁に話題に上がりますね。VRコンテンツ開発者にとって、VR酔いへの対策は永遠の課題と言えるでしょう。

※ PS4からのネイティブ出力は両眼60fpsだが、それを「PS VR」側で120fpsにアップコンバートしている

体験者を恐怖の底に陥れたVRデモ「KITCHEN」

Q 2015年6月に開催された「Electronic Entertainment Expo 2015」(以下E3 )で初出展した
 「KITCHEN」は、どういった経緯で開発されたのでしょうか?

伊集院 「ユーザーにVRの凄さを体験してもらうこと」「これまでのVRの研究成果をカタチにすること」を目的に開発されました。開発期間には限りがあったので複雑なものにはせず、「3分間のお化け屋敷」を開発コンセプトに据え、テクニカルデモという形で仕上げました。

岡田 プレイヤーは椅子に縛られている状態で様々な恐怖体験をすることになります。あまりの怖さにコントローラーを投げ出す人、太ももを刺される演出で実際には痛くないのに「痛い!」と叫ぶ人もいました。VRの可能性を大いに示すことができたと思います。

伊集院 ただ、ゾンビに頭を掴まれる演出でVR酔いを誘発してしまうなど、課題も浮き彫りになりました。ゾンビの手を振りほどこうと現実世界では首を動かしているのに、VR世界では頭を掴まれているという演出上、首を振っても視界が動かない。その「違和感」が酔いを誘発したんです。

岡田 E3での課題を踏まえ、2015年9月の「東京ゲームショウ2015」(以下TGS)に出展した際は、視界が動くように調整しましたが、今度は演出面で別の問題が発生してしまって。「KITCHEN」の制作は、VRに関する様々な課題を見つめ直す良い機会にもなりました。

VR HMDがもたらす無限の可能性

Q 「KYUSHU CEDEC 2015」でVR技術に関する講演を行ったねらいについて教えてください。

伊集院 トライ&エラーから得られた経験は、VRコンテンツ制作における貴重なノウハウになります。日本国内はまだまだVR黎明期。ノウハウは独占するのではなく、広く共有しようということで、カプコンがそれを率先して行いました。その時点で得ていた知見やノウハウの多くを講演でオープンにしましたね。

岡田 講演の内容は、VR酔いに関するテーマを主軸に構成しました。プレイヤーの視野の誘導、カメラ制御の工夫などでVR酔いを軽減する手法について、具体例を交えて講演させていただきました。

伊集院 それらは社内におけるVRワーキンググループでの活動、「KITCHEN」の制作・出展などで得られた貴重な知見・ノウハウです。それを明らかにしたことで、社外のクリエイターの方からも大きな反響をいただきました。これからも機会があれば、積極的に情報を公開・共有していきたいと考えています。

Q VR HMDの用途が今後「VRゲームのプレイ」以外の方向性にも広がる可能性はあるのでしょうか?

伊集院 例えばスマートフォンでは電話だけじゃなく、ブラウジングをしたり、ゲームをしたり、映画を見たり、いろんなことができますよね。VR HMDにも将来、多様な機能が搭載されることになれば、VR HMDがスマートフォンに取って代わる可能性すらあると思っています。

岡田 スマートフォンでできることすべてがVR HMDでもできるようになり、かつVRコンテンツ自体の魅力を私たちクリエイターがもっと研鑽していけば、十分にあり得ることでしょうね。それこそ「電車の中でみんなスマートフォンを触っている」という状況が近い将来「みんなVR HMDを被っている」という光景に変わるかもしれません。

ゲーム制作に携わる者として大切なこと

Q ゲームクリエイターを志す学生の皆さんに向けてメッセージをお願いします。

岡田 クリエイターの力の源は「興味」とそれに対する「熱」です。熱を持った人って、周りの人たちにもプラスの影響を与えるんですよね。その「熱」を受け取ることで、周囲のクリエイターもそれまで知らなかったことを知り、知識を深めるきっかけになります。

伊集院 かつて岡田が「Oculus Rift DK2」を通じてVRの可能性を社内に周知したのが、まさにその典型ですね。その「熱」がみんなに伝わり、カプコンのクリエイター陣がVRゲームの可能性に目を向けるきっかけになりましたから。

岡田 「KYUSHU CEDEC 2015」で講演を任されたことを含め、VRとの出会いで僕の人生は劇的に変わったと感じています。興味を持つこと、その熱を伝えるということは、それほどの力を秘めているんです。

伊集院 学生の皆さんもいろんなことに興味を持って、興味を持ったことに対して能動的にアクションを起こし、興味を自分の力にするよう努めてください。例えばVRに興味を持ったのであれば、実際にVRゲームを自作してみるなど、興味の一歩先の領域へ自分の足で踏み込んでほしいですね。

相手のことを一言で言うと?

伊集院 カプコン社内にVRコンテンツの可能性を知らしめた“VRへの情熱の塊”

岡田 高いスキルを備えた開発者の面々をまとめ上げる“技術開発室のお父さん”