半日も歩かないうちに、ダーランたちの一団に追いついた。下見の時と同じルートで進んではいたが、子供や年寄りが多い一行の歩みは遅かった。ダーランはジグを苦笑いで迎えた。
「娘を取り戻しに来たのか」
「いや」
「相手がおまえなら良かったのにな」
「──」
「ファズはおれの娘より、カンタレラの伝統だか掟、自分の立場を取った。おまえが来たってことは、そういうことだ」
「──いや」
「ハルはおれが守る。おれに賛同した連中もおれが守る。おまえは自分の将来のことをよく考えておけ」
ダーランはそう言うと、隊列の先頭を進むべく、歩調を速めた。ジグはしんがりを任された。足を止めて、最後尾が通り過ぎるまで待っていた。長く伸びきった隊列のかなり後方にハルがいた。あきらかに疲れ果てている母親──カンタレラで生まれ、離脱者のダーランと結ばれ、ハルをもうけた──に寄り添って、支えるように歩いていた。ジグの顔を見ると寂しそうな笑顔を見せた。別れ際のファズの表情に似ていた。
旅の一団の歩みは遅かった。ジグにとって意外だったのは、そのような状況でも皆に声をかけて励まし続けるダーランの姿だった。いったい幾つの顔を持っているのだろう。ダーランの奥深さにジグは単純に憧れた。年齢のせいだろうか。これまでに積んだ経験のせいだろうか。強さが自信になっているのだろうか。おれもあんなふうになれるだろうか。
スロンがずっと話しかける機会を伺っていることにジグは気づいていた。面倒だったので無視していたが、まもなくレックが死んだ窪地に到着するという時に、曖昧な笑顔を浮かべながら近づいて来た。
「ジグ」
「──なんだ」
「レックの両親は、おまえが見張りの義務を果たさなかったから、息子が死んだと思っている」
「──らしいな」
「ほんっとに、すまない」
「──もういい」
「おれは良くない。必ず本当のことを話す。もう少し待ってくれ」
スロンはスロンで苦しんでいるのだ。それで気が済むならそうすればいい。ジグは黙ってうなずいた。
「なあ、ジグ。ひとつだけ教えてくれ」
「なんだ」
「どうしてうそを? どうして誤解を解こうとしなかったんだ?」
「レックが死んだのはおれが弱いからだ」
「……わからないな。あれは、仕方がなかっただろ?」
「仕方がなかった──それが、おまえの、本当のことなのか?」
無性に腹立たしかった。そして、気がついた。カンタレラを支配しているのは、この、仕方がないという言葉なのだ。伝統だから。掟だから。運命だから。ファズが心配だから。ミシーに頼まれたから。約束したから。
すべて投げ捨ててしまえ、とジグは思った。もう、どうとでもなればいい。
「おれも、このままガンドアへ行く」
独り言のつもりだった。
「ジグ──おれのことをみんなに話すつもりなのか?」
スロンがおびえた目で聞いた。くだらない、とジグは思う。
「ああ。おまえが一番言って欲しくない時にな」
「──いやな奴」
スロンはそう吐き捨てると去っていった。ジグも自分の言葉に驚いていた。でも──これくらいでいいのかもしれない。他人を寄せ付けないようにすれば、面倒なことから解放されるはずだ。
検知の時は三日目に到着した北の候補地に、今回は六日かかった。ダーランは全員が到着するのを待ってから、この斜面、窪地の底より少し上に本格的な野営地を作ると宣言した。ガンドアはこの先にあるが、断崖絶壁が行く手を阻んでいる。断崖を下る道はないか、あるいは迂回路はないか、この窪地を拠点に調査するつもりだと言った。それから、調査班を指名した。崖を下るのはダーランと三人の若い男。全員、親のどちらかが離脱者だった。迂回路を探すのは、ダーランと親しい離脱者に加えて、やはり三人の、離脱者の子だった。ジグは、おれも行きたいとダーランに願い出た。
「おまえは野営地を頼む。五十人以上いるが──そのうちなんとか戦えるのは十人もいない。みんな元ランカーだが、もう、おっさんだ。だからジグ、頼らせてくれ」
「──」
「ガンドア、案内してやるからな」
「──わかった」
いい気分だった。強さを頼られるのは、これほど気分がいいとは思わなかった。我ながら単純だと思ったが、密かに憧れるダーランに信頼されているのかと思うと、使命感に胸が高鳴った。
ダーランたちは短い休憩を終えると、ガンドアへの道を探しに出発した。その後、年長の離脱者たちと持ち場を決める打ち合わせがあった。このあたりを縄張りにしていたキバガミはダーランが倒している。そのキバガミのニオイが残っているうちは、別のキバガミは来ないはずだ。最近、雨が降った様子はないので、あと何日かは大丈夫だろうと誰かが言った。ジグにとっては、初めて聞くキバガミの習性だった。カンタレラの住民が最も恐れる獣なのに、こんな基本的な情報も共有されていないことに、ジグは腹を立てた。
「──初めて聞いた」
静かに抗議した。
「怒るなよ。集落から出なければ必要のない知識だ。それに過去を──ガンドア時代に仕入れた知識を語ってはならない。おまえたちの掟だろうが」
おまえたち、か。こんなにも区別されていたのだ。
夜になると、昼間に感じていた使命感が重圧に変化してジグに襲いかかった。こんなに大勢、おれは守りきれるのだろうか。キバガミが現れる可能性は低いとはいえ、それ以外にも危険な動物は多かった。
ジグは周囲を警戒しながら、持ち場をうろついた。ジグの担当は、窪地の底近く。レックを葬った場所の近くだった。墓標代わりの短い剣を覆うようにして、レックの両親が天幕を張っていた。自分たちは天幕の外で眠るつもりらしい。ふたりの近くにはスロンがいた。なるべく固まって天幕を張るようにと言われていたはずなのに──警護する側の事情も考えて欲しい。が、両親の気持ちは分かる。ジグは焚き火の近くに積んであった薪を一抱え持つと、レックの墓に近づいた。
レックの両親、スロンは、ジグを見ないようにしているのがわかった。
「何をするつもりだ?」
スロンが身構える。
「火を焚く。獣が近づかない」
「おれがやる」
スロンがジグに近づく。
「わたしたちのことは放っておいておくれ」
レックの母親が背を向けたまま言った。
「──そういうわけにはいかない」
ジグは努めて冷静に答えた。
「おまえの世話にはなりたくないと言ってるんだ!」
父親が怒鳴った。
ジグはスロンを見つめる。スロンは目をそらす。
その時、水滴がジグの鼻先を濡らした。ジグは薪を足下に放ってから空を見上げる。
雨だった。
(参ったな)
そこかしこに残っている、死んだキバガミの匂いを雨が消してしまったら──ジグは一番近くにいた離脱者の天幕へ走り、助言を求めた。
祈るだけ。祈りが通じなかったら──戦う。得られた答えはそれだけだった。


